冬ソナで泣きたい! ~Poppoの落書き帳~

   あなた… 今でも泣きたいんでしょう?    …泣くならここが一番ですよ…

短編集 『冬の挿話』

短編集『冬の挿話』

souwa_top02

 『冬のソナタ』の創作サイドストーリーです。
このブログのメインである創作短編シリーズです。
時系列もバラバラですが、順番に読んでいただいた方が、ありがたいです。

冬の挿話 1

19e8570b.jpg

冬の挿話 1 「Side B」




初冬の光が差し込む部屋。

ユジンは、またチュンサンの肖像画を描いていた。

あの日から、もうじき1年が過ぎようとしている…。

哀しく懐かしい季節が近づいている…。

ユジンは筆を止め、窓の外に目を移すと、白い空を眺めた。


高校卒業を間近に控えているというのに、まだ自分の進路をはっきりとは決められずにいた。

担任のパク先生は大学進学を勧めてくれていたが、学費のことが気になって、母には話せなかった。

母の店も決して繁盛しているわけではなかったし、早く就職して家計を助けたい気持ちが強かった。

なによりも自分自身のこれからについて、気持ちがまとまっていなかった。


放送部の仲間たちは、それぞれの夢を持って進路を決めているようであった。

サンヒョクは放送関係を目指しているらしい。

チェリンは服飾デザイナーになる気でいるようだし、チンスクも雑貨のデザインを勉強したいと言っていた。

ヨングクは医者になりたい、と猛勉強を始めて、みんなを驚かせたり苦笑させたりしていた。


(だけど、私は…)


ユジンは小さくため息をついて、またスケッチブックに向かった。



          *



部屋の隅のラジカセからは、小さく『初めて』の旋律が流れている。

チュンサンがくれた大切な贈り物…

たったひとつ遺してくれた宝物…

彼の確かな優しさを感じながら、ユジンは描き続けていた。

彼のあの笑顔を、もう一度この目に映したかった。

なのに…



記憶の中の彼の笑顔を、どうしても描ききれない…。

まぶたに浮かぶチュンサンの、あの懐かしい微笑みはそこに見えてこなかった。

チュンサンが、本当に遠くなってしまったような感じがして、辛かった。



(コンコン… )

ドアをノックする音がして、ヒジンが顔を出した。


「おねえちゃん…」


ユジンはあわててスケッチブックを閉じ、ラジカセを切って振り返った。


「なあに? ヒジン…」


「おねえちゃん…。

 …ママから電話でね…

 帰りは遅くなるから… 先にご飯食べててって…。」


ユジンは、少し笑顔を作りながら、言った。


「わかったわ。

 もう少ししたらご飯を作ってあげるからね。待ってて。」


「はぁい…」

ヒジンはそう言ってドアを閉めた。


(あの子もまだ小さいんだから… 私ががんばらなきゃ…)


ユジンは、うなずくように首を振ると、机の上を片づけ始めた。



          *



「…ユジナー…」


その時、急に… 

あの忘れることのできない声が聞こえてきた。


(…チュンサン!?)


驚いて部屋の隅に目をむけると、切ったはずのラジカセから懐かしい声が響いている…。

部屋の中の空気がセピア色に変わり始めていた。



「…ユジナー…。

 …あの時は… ごめんよ…。

 俺… おまえが聞いてるなんて… 気が付かなかったんだ…。」


切ったと思ったラジカセは、誤って早送りボタンを押したらしい。

送り終わったテープは、オートリバースでB面の再生を始めたのである。

ユジンは、かつてB面まで聞いたことはなかった。


(B面にも… チュンサンが…?)
 



「…ユジナー…。

 …あの時さ… サンヒョクのやつが、あんまりしつこくて…

 …俺… つい、心にもないことを…。

 …本当は…  …ごめん…。」


あの日の放送室でのことを言ってるのは、すぐにわかった。


怒りのままにチュンサンの頬をぶった自分…

初めて、人を殴った自分…



ユジンは震えるような足取りでラジカセに近づいた。



「…実は…サンヒョクは…

 …サンヒョクのお父… あ…いや…あのさ…


 …そうだ、おまえのあの絵… あのスケッチブックの絵だけどさ…」


ユジンは机の上のスケッチブックに視線を移した。


「あの絵… みんな、素敵だと思ったんだよ…。

 …おまえ… 絵、上手だな、って…。」


ユジンは、放送室でこっそりスケッチブックを見られた時のことを思い出した。

恥ずかしさと腹立たしさで、思わず大きな声を出したっけ…

まだチュンサンがよくわからなかった頃の私…



「…おまえ… 絵の方の学校に進学するといいよ…きっと…。

 …俺… 絵のこと、あんまりよくわからないけど… いいと思うよ。」


ユジンは、スケッチブックを手に取ると、静かに開いた。

そこに描かれた、いくつもの絵…

チュンサンに見られた絵…

…いや…

チュンサンが… 見てくれた絵…。


(そういえば… パパも時々こっそりこのスケッチブックを覗いてた…。

 いつも、冷やかしたり… 褒めたりしてくれたっけ…。)



「…ユジナー…。

 …俺さ… おまえの絵…好きだよ…。」


そう言い遺して、チュンサンの声は終わった。

部屋の中に、また日暮れの色がにじみ始めた。



ユジンは、熱くなる胸を押さえながら、スケッチブックをめくり続けた。


(おまえの絵…好きだよ…

   …好きだよ……


         …好きだよ…)


ユジンの心の中に、何かが少しずつ色づき始めていた。


そして、チュンサンの肖像画のページ…。



(チュンサン…   …ありがとう…)


ユジンの頬をゆるやかに涙がつたった。




          *




「おねえちゃん…」


いつのまにか、ヒジンがとなりで心配そうに姉の表情をうかがっていた。


「おねえちゃん… 大丈夫…?」


ユジンは、あわてて涙をぬぐうと、笑顔で答えた。


「大丈夫よ、ヒジン。

 …おねえちゃんね… やっとこれから何をしたらいいのかがわかったの…。

 …だからもう大丈夫…!」


ヒジンは、怪訝そうな顔で言った。


「…ご飯の献立決めるのって… そんなに難しいの…?」


「……?」


しばしの間の後、その意味がわかったユジンは思わず吹き出しながら


「そうだったわね! ごめんごめん!

 急いで作るからね!」


席を立ったユジンにヒジンが言った。


「…その絵、あのお兄ちゃんでしょ? …でもあんまり似てないよ…。

 …だって、あのお兄ちゃんの目… もうちょっとたれ目だったよ…。」


ユジンはあらためて、スケッチブックのチュンサンの顔とヒジンのすました顔を見比べた。


(………!)


そして、ヒジンを思い切り抱きしめて言った。


「ありがとう! ヒジン!

 やっと、わかったわ!

 さすがに未来のお婿さんの顔は、よく覚えてるのね…。」


ユジンはもう一度、泣きながらヒジンを抱きしめた。


チュンサンの目元に、かすかに笑みが浮かんだのを感じながら…。


                                    -了-



あとがき

冬ソナの中には、いくつかのキーワードや小道具が出てきます。
その扱いがとてもすばらしいのですが、高校時代のユジンの「絵」については、その後うまく扱われていません。
それがこの挿話を書くきっかけでした。

ヒジンはかわいいですね。
「あたし、絶対このお兄ちゃんと結婚する!」
このセリフもドラマではその後うまく扱われてなかったので、ちょっと生かしてみたかったのです。



※Yahoo!blogから移行できなかったコメントを追加しました。

1
たれ目に(爆)!クールな目は一瞬つり目を連想させますが、彼の場合「たれ目」なのですよね(^^;)絵は建築士の伏線と思っていましたが、チュンサンに背中を押してもらっていたとは…!ヒジンも可愛いですね^^
2006/1/11(水) 午後 7:53sen*r*mari*ch*

2
受けてもらえて、(^_^)v 。結構こまかくこだわって書いているつもりです。基本は、「本編を思わず再確認したくなる」キーワードやセリフ、小道具を使うこと。そして、冬ソナ独特の清らかな雰囲気は壊さぬように。登場人物の性格や行動が彼ららしいこと。かなり、枠が決まった中でのネタ探しですから、まるでパズルを解いているような作業です。
2006/1/11(水) 午後 8:53poppo

3
あぁ・・・。本当に素敵な世界に来れてうれしいです。ruriさまに感謝しなくっちゃ。Poppoさま 遅くなったけど・・・(^v^) 素敵な時間をありがとうございます。
2006/4/20(木) 午後 1:31kitunyanko

冬の挿話 2

513acdcb.jpg

冬の挿話 2 「ひとりきりの夕食」




(あら…?    あの子… またいるわ…)

ギョンヒは、いぶかしそうに飯店の奥に目をやった。


いつものように、夕食を摂りに入るこの飯店。

ギョンヒの洋品店からも近く、大概この飯店で食べることにしている。


今日も、娘のユジンに帰りが遅くなる旨を電話で伝えた後、店番を隣のキムさんに頼んでここに来たのである。

ギョンヒが目を向けた少年は、その飯店の奥で一人トッポッキを食べていた。

どことなく寂しげな、影のある少年であった。



彼は、いつも一人ここで夕食を食べていた。

ギョンヒは何度かその姿を目にしていて覚えていた。

(家族はいないのかしら…)

ギョンヒは、その少年の暗い横顔に、いつも痛々しいものを感じていた。



ギョンヒが飯店に入ると、めずらしく席がいっぱいで、空いているのは、その少年の向かいの席だけであった。

「あの… ここ、座ってもいいかしら?」

ギョンヒの言葉に、ちらりと視線を向けた少年は、うつむいたまま

「…どうぞ。」


ギョンヒは店員にラーメンをひとつ頼むと、横目でさりげなく少年の様子を観察しはじめた。

年頃は、ユジンと同じくらいであろう。寂しげではあるが整った顔立ちである。

(…? 誰かに似てるような…)

ふと、そんな気がしたが、誰とは思いあたらなかった。



          *



「ラーメン、遅いわね…」

ギョンヒは誰にともなしにつぶやいた後、思い切って少年に話しかけてみた。

「あなた、トッポッキが好きなの?」

少年は、びっくりしたような顔でギョンヒを見返してから、恥ずかしそうに視線をはずすと

「…ええ。…好きです…。」

ギョンヒは、それに笑顔でこたえながら

「ここのは美味しいものね。だからあなた、いつもそれを食べてるのね。」

少年は、もう一度驚いた表情をした後、ギョンヒをにらむように

「…おばさんだって…  いつもラーメンばかり食べているじゃないですか…。」


(あら?この子、私のことを知ってる…)


ギョンヒは、とまどいながらも答えた。

「あら? 見られてたのね!

 …おばさんはね… ラーメンがこの店で一番安いからなの!」

それを聞いた少年は、一瞬ポカンとした顔をしてから、クスリと笑った。

「…やっぱり…!」

二人はクスクス笑い合った。

笑うと、それまでとは違って人懐っこい表情になる少年だった。



「トッポッキのどこが好き?」

少年は、困った顔をした。

そこには、その年頃らしい、大人を拒むような表情を見ることができた。

「そうね…。本当に好きなら、理由なんてないものね。」



ラーメンが出来上がり、ギョンヒの前に置かれたので、箸をつけながら、ふとたずねてみた。

「あなた…いつも一人でこの店に来るのね。」

少年は、一瞬身体を固くしたが、すぐに素知らぬ表情で言った。

「おばさんだって… いつも一人じゃないですか…。」

( ……! )


ギョンヒは、多少まずかったかなと思いながらも答えた。

「そうね…。おばさん、お店の仕事があって、なかなか家に帰って夕食はとれないのよ。」

ユジンや、まだ小さなヒジンの顔が浮かび、胸が痛むのを覚えた。

そんなギョンヒの表情に気づいたのか、少年はまたうつむいてトッポッキをつつき始めた。



          *



「あなた、ご両親とはお食事しないの?」

ギョンヒは、つい気になっていたことを口にした。

「…両親? …そんなもの… いません…。」

少年は、うつむいたまま、怒ったような声で小さく答えた。


ギョンヒは、しまったと後悔しながらもたずねずにいられなかった。

「おひとり…なの?」

少年は、ちらりとギョンヒを見てからそっぽをむき答えた。

「…母は…いますけど…」


「あぁ、お母様はいらっしゃるのね。」

ギョンヒはほっとするような思いで言い重ねた。

「お母様はお仕事?」

「ええ…」

ギョンヒは、自分の家庭と同じような境遇なのかしらと考えて、少年を不憫に思った。



「おばさんもね、あなたくらいの娘と、その下に小さい女の子がいてね…。

 …いつも寂しい思いをさせてるのよ…。」


少年は箸を止めて、じっとギョンヒを見つめた。



「娘達のパパは……ずいぶん前に病気で亡くなってね…。

 …今頃は… 娘達だけでご飯を作って食べてるはずよ…。」

ギョンヒは、表通りに視線をそらしながらそうつぶやいた。

その視線の先を、温かそうな笑顔で家族連れが通り過ぎていった。


(………)

少年は、じっと何か考えているようであったが、


「…娘さんたちのこと…愛していますか…?」


ギョンヒは思わず振り返って少年を見た。

その目は、何かを求めるような、強い、それでいて哀しい光をたたえていた。


(……。)


ギョンヒは、その目を見つめ、静かに笑いながら、答えた。

「もちろんよ。愛しているわ。

 …愛した人の形見だもの…。」


少年の瞳に、一瞬ゆらめくものが光り、そして彼はうつむいてつぶやいた。

「…そうですよね…。」

少年はそのまま顔を上げなかった。


(………。)



          *



お互いに食事が終わり、どちらともなく飯店を出た。

「じゃぁ…さようなら。」

歩き出した少年の背中には、また寂しげな影が宿っていた。

「ちょっと… ちょっと待って!」

ギョンヒは少年を呼び止めた。

少年は怪訝そうな顔で振り返った。

「ちょっとおばさんのお店に寄って行かない?」

少年は、少し思案しているようだったが、おとなしくついてきた。





「これ… これ持って帰って。」

ギョンヒは自分の洋品店に着くと、店先にあったマフラーを手早く畳んで少年に渡した。

赤、白、茶、黒のだんだら模様の物で、お世辞にも格好いいとはいえないものであった。

少年は、困ったような表情をしていた。


「これはね… 『幸運のマフラー』っていってね…。

 …こう見えてなかなか不思議な力があるものなのよ。」

むろんでまかせである。


「あなた、もっと明るい恰好をするといいわ。

 …これを巻いて…

 …ん… そうね… 女の子にも、もっとモテるようになるわよ。」

その言葉に少年が、すっと頬を染めたのをギョンヒは見逃さなかった。


「はは~ん…。誰か好きな子でもいるのね?

 …良かった!  …きっといいことがあるわよ!」


「…ありがとう…。」

少年は、はにかみながらも笑顔で答えて、去っていった。


          *


それから、何日か経った初雪の日…。


郵便局で『ある物』を送り終えたチュンサンは、初雪の空をうれしそうに眺めた後、一目散に走り始めた。

きっと…  彼女は来てくれるだろう…


約束の湖に向かって…


その襟元では、ギョンヒがくれたマフラーが木枯らしを受けて揺れていた。


                               -了-


あとがき

ミニョンがユジンの実家へ初めて行ったとき、ギョンヒが「あの人…見覚えがあるわ…」と言ってましたね。
チヌのセリフに「お父さんに似てる」というものがありましたね。
ドラマの中ではその後うまくは使われていませんでした。
でも、僕はギョンヒとチュンサンを会わせることにしました。
チュンサンとユジンの運命の出会いをもっと濃厚にしようかと。
また、あるHPで初雪デートの際のチュンサンのマフラーがおしゃれではないというツッコミを見たのもあって。
チュンサンのセンスを貶めないために、書いたのかもしれません。
 


冬の挿話 3

07cbb4a1.jpg

冬の挿話 3 「トッポッキ」






大学の授業も冬季の休業に入り、ユジンは久しぶりに春川の実家に戻っていた。

妹のヒジンは姉の帰宅がうれしいらしく、暇さえあれば友達のことや春川の町の小さな事件を、あれこれしゃべり続けていた。

母のギョンヒが仕事に出ている間はひとりきりのことが多く、ずいぶん寂しい思いをしているらしい。

ユジンは10歳離れた妹の心を思って、なるべくその話を聞いてあげるようにしていた。



ギョンヒもユジンの帰宅で、煩雑な家事を任せられるのを喜んでいた。

夕食の支度はユジンの役目であった。



「おねえちゃん…おなかすいた…」

ヒジンがぬいぐるみを撫でながらユジンの部屋に入ってきた。

「もうそんな時間?

 じゃあ、急いで支度するわね。」

ユジンは、読んでいた本を閉じて台所に向かった。


「おねえちゃん…今日のご飯、なあに…?」

「…ん?」

ヒジンが、困ったような表情をしている。


「あのね…あたしね…

 あの… トッポッキには飽きちゃった…」



ユジンも、気がついた。

そう言えば、このところトッポッキばかり作ってる…。


「トッポッキ、嫌い?」

「嫌いじゃないけど… 毎日トッポッキだもん…」

ユジンは苦笑しながら

「はいはい! じゃあ、今夜は違うものにするわよ!」

ヒジンは目を輝かせて

「やったー! あたしプルコギがいい!」



          *



ユジンは、台所で静かに夕食の支度を始めた。


(トッポッキ…   彼が… チュンサンが一番好きな物…)


あの頃を思い出していた。



チュンサンは、いつも一人で食事をしていると言っていた。

時にはそれが寂しいと思うこともある、とも言っていた。

そして、あの日……


『一番好きな食べ物は?』というユジンの問いに

『トッポッキ!』

そう答えて笑っていた。



(…チュンサン……)


チュンサンが亡くなった後は、料理をする度に彼のことを考えていた。

彼のために、作ってあげた手料理…

その初めての日が、彼の姿を見た最後の日になってしまった。


せっかく作った料理も、彼は口にしないで、いつの間にかいなくなっていた…。

ユジンの心には、どうしようもない後悔だけが置き去りにされていた。



          *



ヒジンは、姉がトッポッキを作る度に、奇妙な行動をしていることに気づいていた。

姉は、必ず一皿余分に作っていたのである。

そしてそれを、家族に見つからぬようにこっそりと自分の部屋へ持っていくのだ。


(…なんでだろう…)


始めは、姉の夜食なのかなと思っていたが、どうも違うらしい。

姉は、食後の片づけが終わると、部屋に籠もってしまう。

そっとドアの隙間から覗くと、必ず姉は、机の上に一枚の肖像画と一皿のトッポッキを並べて、そして泣いているようであった。



          *



台所のユジンは、プルコギ用の肉を切りながら、チュンサンの言葉を思い出していた。

最後に会った日…


『正月には、二人で… トッポッキを、食べたいな…』


そうチュンサンは言っていた。


できることなら… 一度だけでいいから… 彼の願いを聞いてあげたかった。

それが、ユジン自身の願いでもあると気づくたび、切なさに胸を締め付けられた。


涙が、またユジンの頬を濡らしていた。




「おねえちゃん…泣いてるの…?」


ヒジンが台所をのぞいて声をかけた。

ユジンはすぐに顔をぬぐい、笑顔で答えた。


「ううん…  たまねぎが目にしみちゃって…」


ヒジンは、そんな姉の様子を探るように見ながら言った。


「それ…お肉だよ…?」


ユジンはあわてて鍋を火にかけると、言った。


「もうすぐできるから、テーブルの上を片づけといてよ!」

「はあい…」


ヒジンは居間の方に戻りかけたが、ふと振り返り


「おねえちゃん…

 明日は… またトッポッキでいいよ。

 …だから、泣かないで…」


(………)


それには答えず、ユジンはまた包丁を動かし始めた。


                                  -了-


あとがき

「食事を作るたび、チュンサンのことを思ってた…」

ユジンがチンスクに話しているシーンがありましたね。

この言葉は切なくて、重いです。
いわゆる日常茶飯事…。
10年間毎日チュンサンを思い出してたと言うようなものですね…。


冬の挿話 4

3abdd56a.jpg

冬の挿話 4 「焼却場の詩」






ある冬の日の放課後、ユジンは校舎の裏の焼却場にひとりたたずんでいた。

ここは、チュンサンと最も長く時間を共にした場所…。

彼と二人、いろんな話をした場所…。

切なくも懐かしい場所であった。

(この場所とも、あと数ヶ月でお別れなのね…)

ユジンは、枯葉の吹きだまりを寂しそうに見やった。



この場所に来るときは、決まって何かを燃やすことにしていた。

それは、チュンサンへの手紙であったり、心のうちを綴った詩であったり、あるいは小さなイラストだったりした。

それらを枯葉と一緒に燃やしては、その立ち昇る煙の行方を見送るのが、ユジンの秘密のひとつだった。

あの湖畔で、何も書かれていないノートの切れ端を燃やした私たち…。

せめて何かを書いて、チュンサンに伝えたかった。



今日も、また一編の詩を手にしてこの場所に来ていた。

燃やした煙が、彼の元に届くことを願って…。



          *



いつものように枯葉に火を着けようとしていたユジンの背後に影ができた。

「チョン・ユジン!!」

驚いて振り返ったユジンの前に、パク先生が立っていた。

(…まずい!)

うろたえるユジンを不審の目でにらみながら、パク先生が言った。

「こんなところで何をしている?

 …ん? …火を着けようとしてたのか?」

足元ではちろちろと小さな炎が燃え始めていた。


「おまえに焼却場の当番は命じてないはずだが? 何のまねだ?」

答えに窮したユジンは、逡巡の末、いっそ正直に言ってしまおうと思った。


「…ここは… チュンサンとの思い出の場所なんです!」


そう言った後、胸の中にどうしようもない思いがつのってきて、思わず涙があふれ出してきた。

唇も震え始めていた。

驚いたようにその様子を見守っていたパク先生は、やがて小さくため息をついた。

そして、静かな口調でたずねた。

「チョン・ユジン… おまえ… カン・ジュンサンが好きだったのか…?」

「………。」

ユジンは答えることもできぬまま、その場にしゃがみこんでただ嗚咽していた。



          *




「そうか… チュンサンにな…」

ユジンからあらましを聞いた後、パク先生は優しく言った。

「ユジン… おまえの思いは、きっとその煙にのって、カン・ジュンサンに届くだろうよ…。」

パク先生は、ユジンの肩にそっと手を置いた。

「しかし、な。

 詩というものはな…『うた』なのだ。

 その響きは声に出してこそ… 言葉に乗せてこそ人に伝わるものなのだよ。

 その響きが空にこだまして… そしてはるかな魂にまで届いていくものなのだよ…。」

ユジンはその意味がよくわからないまま顔を上げた。


「どうだ、チョン・ユジン。その詩をわしに聞かせてみないか?」

(……!)

ユジンは急に真っ赤になって首を振った。


「なんの、恥ずかしいことなどあるものか。

 それともなにか? おまえは恥ずかしいことをしてきたのか?」


そのパク先生の言葉に、ユジンは自分の心に問いかけた。


(わたしたちは… わたしたちの初恋は… 恥ずかしくなんかない…)



立ち上がったユジンは、手にした便せんを開き、その詩をもう一度見つめた。


(恥ずかしくなんかない…!)


「いつもの放送のように読めばいいのだ。ユジン。

 しっかりと読むんだぞ!」

パク先生が声をかけた。



          *



『わたしの初恋       チョン・ユジン


   冬…。



   この季節がくると 思い出す あなたのこと


   冷たい風の中に…

   夕暮れの影の中に…


   あなたの姿が浮かんでくる




   あなたは わたしの初めての恋人…


   初めて 手をつないだ人…

   
   初めて 私の心に触れた人…



   初めて… 初めて…


   あなたの声を もう一度 聞きたい

   あなたの横顔を もう一度 見つめたい

   あなたの弾くピアノを もう一度 聴かせてほしい



   私の心を  あの日のように 温めてほしい…

   …  …  … 

   …  …  …

   わたしは 今夜も ポラリスに祈ってる…
 
   …  …  …            』





詩を読みながら、ユジンはチュンサンに語りかけていた。

マイクはなかったけれど、この広い校舎のどこかでチュンサンが聞いているような気がしていた。


いつか、昼食抜きで放送した時のことも、頭の中を懐かしくよぎっていく…。

便せんの色が西日に染まって、セピア色に輝いて見えた。



          *



読み終えたユジンがふと顔を上げると、そこにはパク先生の泣き顔があった。

足元の枯葉を踏みにじりながら、先生は顔をくしゃくしゃにして涙を流していた。

ユジンは、この先生にもそんな一面があったことに驚いた。



「わしは… 愛の詩は… 愛の詩には… すこぶる弱くてな…」

先生は、照れ隠しのように手鼻をかむと、そのまま校舎の方へ歩き始めた。


少し離れてから、先生はユジンに言った。


「チョン・ユジン!

 おまえの思いはきっとカン・ジュンサンに届いたに違いない。

 そう… いつかきっと… 

 おまえたちの魂は、ふたたび出会えるだろうよ…。」


そう言い残して、先生は去っていった。


その後ろ姿を見送りながら、ユジンはこの先生にも感謝しなくてはならないのだと思った。


(先生が罰をくれたから… チュンサンとこの場所に一緒にいられたんだわ…)


ユジンは、深々と頭を下げた。


 『-いつか二人の魂が、ふたたび出会える-』


そうパク先生は言った…。

ユジンは胸の内にわき起こるものを感じながら、空を見上げた。



その時…

白く、小さな雪が舞い降りてきた。


(……!  初雪…!)


その小さな雪は、見上げるユジンのまぶたに落ち、やがて溶けて静かにひとしずく流れていった。



                                    -了-

あとがき

本来なら、ユジンは自分の恋を先生に話すことなどないでしょう。
そこで「恥ずかしくない」という19話のセリフを使ってみました。
二人の、短いけれど清らかな初恋を、未来につながるものにしたかったのです。
また、パク先生が愛の詩の朗読に弱いことを後輩に教えるシーンも大好きで…。
パク先生の「詩についての持論」は、僕にも意味がわかりません!

ユジンの読む詩は、わざと拙いものにしました。
高校生らしく。
ええ、わざと…です。(^^;)
 


冬の挿話 5

e2782410.jpg

冬の挿話 5 「病床の歌」




フランスに留学してから2年目の冬。

ユジンは久しぶりにソウルに帰ってきた。

論文のための資料整理もだいたいめどがついたので、この冬は家族と一緒に過ごそうと思ったのである。



久しぶりのソウルの冬…。懐かしい街の香り…。

ユジンは、葉を落とした街路樹の、その隙間から射してくる柔らかな日差しの中を、目を細めながら歩いていた。

(パリの街とはやはり空気が違うわ…)

ユジンは、冷たい街の風を楽しむように、ゆっくりと歩いた。



春川行きのバスの時間までにはまだ余裕があったので、ポラリスの事務所に寄ることにした。

チョンアさんたちの顔も見たかった。


          *



ポラリスのドアを勢いよく開けて、ユジンは大きな声を出した。

「アンニョンハセヨ!!!」

チョンアとスンニョンが驚いて振り返った。

「ユジン!!」

二人は同時に声をあげ、飛びつくように駆け寄り、ユジンの肩をたたいた。

「帰ってきたのね!」


それから、久しぶりの再会を喜び合い四方山話に花を咲かせた三人であったが、ユジンは次第に不審な空気を感じ始めた。

ユジンとの再会を喜んでいる二人の表情に、いまひとつ冴えないものを感じていたのである。

「ねえ…あなたたち…。何か心配事でもあるの…?

 …会社…うまくいってない、とか…?」

その問いかけに、チョンアは一瞬話すのをためらうような表情を見せたが、伏し目がちに言った。

「ユジン…  キム班長がね…。  …良くないんだって…」

「キム班長…?  あ…あのキム班長? あのおじさんが… どこか具合が悪いの?」

ユジンは、酒で真っ赤な顔をしてガミガミ言うキム班長の顔を思い浮かべながら、不安な思いでたずねた。

「実はね…ずいぶん前から入院してるのよ。やっぱり、お酒が過ぎたみたい…」

スンニョンも沈んだ表情で言い添えた。

「さっき病院から電話があってさ…。 容態が悪くなったって…」


(………!)

ユジンは、あの孤独な老人が時折見せる寂しい影を思い出し、駆け出しそうな勢いで言った。

「病院はどこ?!  私、今から会ってくるわ!」



          *



チョンアに教えられた病室の前で、ユジンは小さく息をついた。

病室の中からは、弱々しく咳き込む声が聞こえている。

コンコン…

ノックをしてみたが、何の返事もなかった。

ユジンはそっとドアを開けて病室に入ると、窓のそばのベッドに目をやった。


すっかり痩せて、髪にも白いものが多くなったキム班長の姿があった。

「おじさん…」

ユジンの声にうっすらと目を開けた班長は、ぼんやりとユジンの顔を見ていたが、はっと気づいたように目を見開いた。

「あ、あんた… チョン・ユジン…?」

ユジンは枕元に寄って行き

「そうよ。生意気なチョン・ユジンよ…。 おじさん…」

班長は、唇をわななかせていたが

「あんた… 来てくれたのかい…?」

ユジンは老人のやせこけた手を握りしめて言った。

「来たわよ。おじさん… おじさんに会うために…。」

班長は、目をうるませながら小さく答えた。

「すまない… すまない…」

ユジンも涙をためながらうなずき返した。


          *


「わしもな… もうあまり長くないじゃろうて…」

「おじさん、そんなこと言わないで… またいつか一緒に現場に戻ろうよ…」

班長は寂しげに笑いながら、答えた。

「それは…無理な話じゃ… 無理なんじゃ… が、ありがとうな…」

班長は、ユジンの手を握りかえしながらそう言った。


二人は、静かにお互いの思い出をたどっていた…。

現場で意見をぶつけ合った日々が、懐かしかった。


病室の中に、ユジンの持ってきた白いばらの香りが、ゆるやかにただよいはじめていた。


          *

 
「そうじゃ…」

急に班長が、ユジンの方に顔を向けた。

「あんた… ヒョンスの娘だってな…?」

ユジンは突然父の名前を出されて驚いた。

「父を…知っているの?」

班長は、うなずきながら言った。

「ああ、知ってるよ。…もうずいぶん昔… 若い頃の親父さんをな…。」

ユジンは、不思議そうに班長の顔を眺めた。


「ヒョンスとは…  あんたの親父さんとは、若い頃一緒に働いてたんだよ。」

初めて聞く話であった。

(パパが…? このおじさんと…?)

「あんたの親父さんは、若い頃しばらくわしたちと現場の仕事をしてたんだよ。

 わしもいろいろ教えてやったものさ…」

班長は、昔を懐かしむように語り始めた。


          *



ヒョンスが結婚したばかりの頃、班長の現場で力仕事にたずさわっていたこと…。

身体は大きかったが、無口でまじめな性格だったこと…。

酒はあまり飲まなかったが、自分の酒に嫌な顔も見せず付き合って、よく一緒に歌ったこと…。

生まれたばかりの娘のことを、いつも自慢げに話していたこと…。

絵描きになりたかったのだと言いながら、器用に壁を塗っていたこと…。

家族に逢えない時間が増えたことを悩んだ末に、仕事をやめていったこと…。


ユジンには初めて耳にする話ばかりだった。



「娘のことをな…あんたのことだよ、ユジン。

 ヒョンスはな…」

ユジンは、じっと班長の言葉に耳を傾けた。

「まだ小さいのにお転婆で… 高いところに上ったり、柵の上を歩いたりして困る、と言ってたよ…。」

ユジンは子供の頃の自分を思い出して、笑った。

「それでわしが、

  『それは頼もしいな。 将来はわしの弟子にして、一人前の職人に育ててやろうか?』

というとな… ヒョンスのやつめ、

  『女の子ですからそれは無理でしょう』

と言うんじゃ。

わしは

  『なんの… 女でもかまわん。それどころか立派な現場監督にしてみせるさ』

と答えたんじゃよ。」

ユジンは、せき上げる思いで、また班長の手を握った。

「ヒョンスは…

  『現場のあれこれは教えても、酒を教えるのだけはやめてください』

と笑いおったよ…。」

ユジンも笑いながら涙をこぼした。

「ユジン… 偉くなっても… 現場の人間を大切にな…」

「おじさん…」




その後も班長は、ユジンにいろいろと語った。


小さな洋品店を開いたヒョンスが、日頃からの無理がたたって身体を壊したこと…。

入院した病院が、班長の妻の勤める病院だったこと…。

班長も何度か病室のヒョンスを見舞ったこと…。

その時期に悪い風邪が病院内で流行り、それが元でヒョンスが亡くなったこと…。

班長の妻も同じ症状で、すぐ後に亡くなったこと…。

ユジンは、ただ呆然と聞き入るばかりであった。



「ヒョンスは…いいやつだったよ…。  あの風邪さえ流行ってなきゃ…」

遠くを見るような班長の目に、ユジンは彼の亡き妻の姿が映っているのを感じていた。

「ヒョンスは、あんたを…ユジンを本当に愛していたようだよ。娘の話ばかりしておった。

 それが… 子供のいないわしたちを、いつも悔しがらせてはいたがな…。」

「おじさん…!」

ユジンは班長の肩に顔を伏せて、むせび泣いた。

(パパ…! このおじさんを助けて…!)

ユジンは父に祈った。


          *


「ユジン… あの歌を歌ってくれんか…」

班長の言葉にユジンは顔を上げた。

「あの歌… ヒョンスがよく歌っていた… あの歌…」

ユジンはすぐに気がついた。

亡くなった父が、よく口ずさんでいたあの歌…。

「おじさんも、あの歌が好きだったね…」

「ああ、好きだった…。 ヒョンスも…………ヒョンランも……あれが好きだったんじゃ…!」

亡くなった妻の名前を口に出したとたん、班長の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

(……!)


ユジンはすっと立ち上がり、ナースコールのスイッチを持って歌い出した。

『 ♪雨降る湖南線 

      南へ向かう列車の揺れる窓越しに・・・♪
        
 … … …
     
       … … …  』


班長は、静かに目を閉じてユジンの歌に聴き入っていた…。



          *



その夜… 班長は、ずっと再会を願っていたであろう妻の元へと旅立っていった。

ユジンはその知らせを春川行きのバスの中で聞いた。

電話の向こうのチョンアは涙声で伝えてくれた。

「ユジン… キム班長ね…。 笑顔で眠ってたよ…」

「……」


ユジンは涙をぬぐうと窓の外に目をうつした。

冬の空にまたたくポラリスのそばに、またひとつ小さな星が光っているのが見えた。


                    -了-

あとがき

ユジンとキム班長との現場のやりとりは、ミニョンの心にしっかりと残るものでした。
年配の方へのユジンの優しさは18話の市場のシーンでも見られますね。

キム班長は、どうしても書きたい人物でした。
死なせてしまって申し訳なく思います。
ナースコールのスイッチをマイク代わりにするのも不謹慎だと思いますが、ご勘弁。
ヒョンスについても、また今後書きたいと思っています。


冬の挿話 6

a212ba6b.jpg

冬の挿話 6 「山小屋から帰って…」





春川の駅に着いた僕たち…。

ユジンは、サンヒョクを気遣って、彼のあとを追って帰った。

ユジンの思いも、サンヒョクの気持ちも、僕にはわかっていた。

残った四人だけで、食事に行くことになった。




チェリンが僕のそばで話し始めた。

「やっぱり、なんだかんだ言ってもあの二人は付き合ってるのよ…ね、チュンサン!」

僕は、答えなかった。

チェリンは、妙に機嫌がよかった。

(こいつ…)

僕は、足を速めてヨングク達と並んだ。

今朝ユジンに貸した上着から、かすかに彼女の香りがしていた。





駅から少し離れたところにある、ヨングクおすすめの店に入った。

僕はトッポッキとコーヒーを頼んだ。

そして、灰皿も。

「チュンサン… あなた…タバコ吸うの…?」

チンスクが、おびえた表情で言った。

ヨングクが、僕をかばうように答えた。

「何だよ、その顔……俺たち、もう十分大人なんだぜ? なあ、チュンサン?」

チェリンが続けて言った。

「じゃあ、ヨングク、あんたも吸うの?」

ヨングクは、チンスクの顔を気にしながら

「…あ、ああ…吸う…ときがくれば吸うさ…」

女の子二人は口をそろえて言った。

「幻滅…!」



僕は、苦笑いしながらタバコに火をつけた。

さすがに彼女たちの方へは煙が行かないように、天井に向かって一息吐いた。

「ねえ…チュンサン…」

チンスクがおそるおそる僕に声をかけた。

「昨日のユジン…変じゃなかった…?」

僕は、少しとまどいながら答えた。

「え…? …どこが?…」

「どこって… 何か考え事をしてたり…急にいなくなったり…」

僕がそれに答えないことに気づいたヨングクが、急に大きな声で言った。

「なあ、来年も来ような!またこのメンバーでさ!な、チュンサン!」



それぞれの注文したものが来たので、僕たちは会話をやめて食べ始めた。

ヨングクはタッカルビ、チンスクとチェリンはビビンバを味わっていた。



ユジンがいたら…何を注文したのだろう…。




その後は、ヨングクとチンスクの恒例の掛け合いで一騒ぎした。

この二人は、よくお似合いだ。

(僕は… )

少し、二人をうらやましく思った。




「チュンサン!」

店を出た後チェリンが話しかけてきた。

「あなた、家はどこ?よかったら送ってくわ。」

(こいつは、変わったやつだな…。)

「…一人で帰るよ」

僕はチェリンの、その自信ありげな雰囲気が好きになれなかった。

母と、どこか似ているものを感じていたから。



結局チェリンはチンスクと帰り、僕はヨングクと帰った。

彼女たちの姿が見えなくなってから、ヨングクが遠慮がちに言った。

「チュンサン… 火を… 貸してくれないか…?」

僕は、ちょっと驚いたが、黙ってポケットからライターを出して手渡した。

「あ!サンキュー!!」

ヨングクはリュックの奥から出してきたタバコに火を着けた。

「あぁ~!うめぇ~!!」

(…こいつも…おかしなやつだ…)

「ライターを忘れちゃってさ、もう我慢の限界!」

きっとチンスクの手前、禁煙してたんだろう。

もしかしたら、ライターもちゃんと持ってるかもしれない。

僕への照れ隠しかな…。


僕たちは並んでタバコをふかしながら歩いた。



「なぁ、チュンサン…」

「……ん?」

「…サンヒョクは… いいやつだぜ…」

僕は、黙って彼の真剣な顔を見た。

(…こいつは…いいやつだな…)

僕は、空を見上げて答えた。

「…わかってる。」

「そうか!それならいいや。」

ヨングクはうれしそうに足を速めた。



僕たちは、そして別れた。


           *


サンヒョクを憎んでも仕方ないのに…

父かもしれないあの人… あの人に会っても仕方ないのに…



ユジン… 君にすべて話せたらいいのに…



                      -了-


あとがき

ちょっとキリの悪い終わり方だったかな…。
今回は、涙のシーンはありませんが、次につながる挿話のつもり。
僕はヨングクが好きです。
特に、記憶を少し取り戻したチュンサンに言った「おれたちがおまえをどんなに好きだったか…すべて思い出せよ!」というセリフが好きです。
湖畔の「葬式」でも彼は心からチュンサンの死を悲しんでいました。
で、その時…みんなでノートを燃やしましたが、そのライターは誰の物?
そこから、今回の挿話のイメージができたのでした。


冬の挿話 7


冬の挿話 7 「何故…」





あの日から、ユジンは学校を休んでいた。

凍り付いた湖…。

僕たちだけでチュンサンの葬式をした日…。

やはりチェリンの言葉に傷ついたのだ。

自分に会いに来る途中での事故…。

ユジンには… 耐えられないだろう…。



僕は、何をしてあげられるのか…。




電話をかけるとヒジンが出てくるだけだった。

『おねえちゃんは、風邪みたい…』 と。

風邪のはずもない。

『おねえちゃん… 死んでしまいそうだよ…』

ヒジンも心配していた。




チンスクがユジンの家に行ったらしい。

それでも顔を見せなかったと、チンスクは半分怒ったように話してた。


ユジン…君は…。




宿題のプリントもずいぶんたまってきたので、僕はそれを届けることにした。

僕になら、話してくれるんじゃないか… そんな期待もしていた。

幼い頃から一緒に育ってきた僕たち。

何でも話してきた僕たち。

ユジンのことならすべてわかっているつもりだ。



昨夜から降り続ける雪の中、学校が終わると僕はユジンの家に向かった。

雪に濡れた靴が重く感じた。


ユジンの家には明かりが灯っていた。

少しほっとした。

お母さんの声も聞こえていた。



呼び鈴を押すと、ユジンのお母さんが出てきた。

僕は、ユジンの具合をたずねた。

お母さんは、黙って首を振った。


それでも、ユジンに声をかけてくると言って、お母さんは家の中に戻った。

会えるかもしれない。

僕は、なぜか落ち着かなくなって、あたりを見回した。



石段の下に、小さな三輪車が置き捨てられているのが目に映った。

近所の子供の物だろうか…。

それともヒジンが使っていたものだろうか…。



それを眺めているうちに、ひとつのアイデアが浮かんだ。

(ユジンの心をなぐさめたい…)

僕は、すぐにその「作業」に熱中した。


…  …  …  …




やがてユジンは、お母さんに促されるように外に出てきた。

顔色はやや青白かったが、思ったよりは元気そうに見えた。

「ユジン…大丈夫…?」

僕は、おそるおそる声をかけた。

「ええ…」

ユジンは、片方の頬だけで、少し笑った。

僕は、ちょっぴり安心した。

「ユジン、どう?これ。僕からのプレゼントだよ。」



石段の下に置かれた小さな三輪車。

その上に、小さな雪だるまがふたつ。

まるで二人乗りをするかのように乗せてあった。

もちろん、僕のアイデアだ。


「ね? かわいいだろう?」

「………」


少し自慢げに、手袋についた雪を払いながら、僕はユジンの顔を見た。

(………!)


ユジンの顔は紅潮し、その目は明らかに怒っている。

僕は、うろたえた。

僕を見つめるその目に、みるみるうちに涙があふれてきたのがわかった。


「…サンヒョクの……馬鹿っ!!!」


ユジンは、蹴飛ばすように背中を向けると、家の中に走り込んでしまった…。



僕は、わけもわからず、ただその場に立ちつくしていた…。




何が、彼女を怒らせたのか…。


どうして、彼女を泣かせてしまったのか…。




今でも、僕にはわからない。


わからない…





                     -了-


あとがき

サンヒョクは、何をやっても裏目に出る男。
本当は、とってもいいやつなのに、ドラマの中ではかわいそうな役です。
ユジンへの思いも、決して薄っぺらなものではありません。
なのに…うまくいかない。
どうしようもなく、ユジンを傷つけてしまうことも。

ユジンを理解しているつもりだが、勘違いしてることも。
そのあたりを僕なりに書いてみました。

サンヒョクらしく、多少まとはずれなユジンへの理解力。
喜劇的な悲劇。

ユジンにとって、「二人乗り」と「雪だるま」は辛い思い出…。
サンヒョクの知らない、二人だけの思い出…。
ユジンを怒らせるか、あるいはただ泣かせるか…。
迷った末、このストーリーになりました。


冬の挿話 8

souwa08


冬の挿話 8 「ユジンさんの元へ」




「…わかりません…わたしにも、よくわからないんです…」

電話の向こうのユジンさんの涙声…

僕はすぐにスキー場から車を飛ばした。


(何か、あったんだ…)


それが何かを考えるのももどかしい。

僕は、ただ車のアクセルを踏み続けた。


(ユジンさん…)



ハイウェイのインターで、もう一度ユジンさんの携帯にかけてみた。

まわりの目印も聞いた。

僕が向かっているのを知って少し落ち着いたのか、春川市内であることも教えてくれた。


僕は、いや、僕が、彼女を守りたい…そう思った。



深夜のドライブインで地図も見せてもらった。

優しいおじいさんが、道順を詳しく教えてくれた。

僕は、彼女の元へ、ただ車を急がせた。


…  …  …



ようやく彼女を見つけた…。

疲れ切った表情の彼女…。

けれど、美しくたたずんでいる彼女…。



僕は、彼女を力一杯抱きしめた。


(この人を…守りたい…)




車の中で、彼女は何も話さなかった。

僕も、何もたずねなかった。

ただ一言。


「スキー場に…帰りますか?」


彼女は、黙ったままうなずいた。



                  -了-



あとがき

手抜きだと思われそう…。
でも、時には何も言わないで相手をそっと見守るのが、ミニョンのスタイル。
普段は多弁なのに、静かに、だけど優しく包んであげられるのがいい。

セリフも描写も一切書かないでアップしようかな、と思ったほど。
…ん? それじゃぁ、ただの雪景色…。
それもいいかな?

冬の挿話 9


冬の挿話 9 「ミヒの写真」




いつものように終礼のチャイムが鳴り終わった後、ミヒは大学の門を飛び出してバス停へと走っていった。

6時からのピアノのレッスンに行く前、ほんのわずかな時間だけしか、彼に会う暇はなかった。

音大卒業を控えて、毎日のレッスンも厳しくなってきていたが、ヒョンスとのひとときだけは楽しかった。

(今日こそは、頼まなくちゃ…)

ミヒは、手にしたパンフレットを見つめながら、そのことを思った。

冬の街には、何かをせかすような強い風が吹いていた。


          *

彼…ヒョンスは不運な境遇にあった。

ミヒとは幼なじみで、兄妹のような親しさで育った。

高校までは同じ学校で、卒業した今はビルの塗装や建築の関係の仕事をしていた。

それらの仕事が不運というのではない。

彼の才能が生かされていない、とミヒは思うのだ。



ヒョンスは子供の頃から絵が上手であった。

高校時代には、ほとんどのコンクールで入賞していたし、美術部の顧問もその才能を高く評価していた。

特に、卒業直前に描いた『ピアノを弾く少女』は、市のコンクールで最優秀賞を得、学校中のヒーローになった。

モデルになったミヒとの関係が、ませた同級生たちの話題になるほどであった。

誰もが、彼が芸大に進学すると思っていた。



しかし、彼の家庭にいくつかの不幸があって、彼は進学をあきらめざるをえなかった。

進学が無理だとわかった日…。

ミヒは、校舎の裏で親友のチヌに抱きついて泣きじゃくるヒョンスを見た。





卒業後、ミヒは音大に進学した。

ヒョンスは、担任の薦めもあって、小さな建設会社に勤めるようになった。

それでも彼は、時折は暇があると絵を描いてるようであった。



          *




ヒョンスの会社の向かいにある、古びた喫茶店でミヒは彼を待っていた。

やがて、彼の姿が通りを渡ってこちらに向かってくるのが見えた。



ミヒの姿を見つけ店の中に入ってきたヒョンスは、物憂げな表情をしていた。

「会社に電話するのは…やめてくれないか…」

席に着くとすぐに、彼が気弱な声で言った。

ミヒは小さく舌を出してあやまった。

(会社の仲間に知られるのが恥ずかしいのね…)

ミヒはそんな彼の性格さえ愛しく思った。




「ポスター用の絵だって?」

ヒョンスが驚いたような声を出した。

「そう。私の卒業コンサート用のポスターを、あなたの絵でお願いしたいのよ。」

ミヒは、ヒョンスが二つ返事で引き受けてくれるものと思っていた。

ヒョンスは、ふっとため息をついて言った。

「俺…忙しいんだよ。絵なんか…描く暇があるだろうか…。」




確かに彼の仕事は忙しそうであった。

そのことはミヒも十分知っていた。

最近は、日曜でさえ、なかなか自分と会うことに色よい返事をしなくなった彼…。

実家をひとりで支えているらしい彼…そう信じていた。




「…写真じゃ…だめか?」

ミヒのがっかりした顔を見て、しばらく黙っていたヒョンスが言った。

「写真…?」

「ああ、写真。」


彼の話によると、一部の画家の制作スタイルらしい。

彼の説明では、絵を描くために遠くまで出かけると、何日か宿泊しなくてはならない。

宿泊費もかさむし、何よりヒョンスにはそんな時間がなかった。

とりあえずカメラを持って、気に入った風景を写真に撮って、後はそれを脇に置いて絵を描いているとのことだった。

もちろん、ミヒを描くのに遠出は必要ないが、デッサンから始めても、かなりの時間が必要であった。

「ポスターなら…写真でもいいんだろう…?」

申し訳なさそうに、ヒョンスは言った。

うつむいた彼を、ミヒは困らせるつもりはなかった。

彼の優しさも、知っていた。



「…わたしを写真に撮るの…?」

ミヒは、わざと明るい声で言った。

嫌とは言えない彼の気弱さに、これ以上甘えてはいけないと思った。

正直なところ、自分のルックスにも多少の自信はあった。

「きれいに撮れる?」

ヒョンスは肩の荷が下りたような顔で言った。

「ああ。きれいに撮るよ。」



          *




ヒョンスは、ミヒとの時間に苦痛を覚えるようになっていた。

子供の頃からチヌと三人、兄妹のように毎日一緒に育ってきたミヒ…。

彼女と過ごした時間は、楽しい思い出ばかりだった。

次第に美しく成長していくミヒを、愛おしく思う気持ちに嘘はなかった。


だが、今では…。



その理由は自分でもわかっていた。

会社の受付で働く瞳の優しげな娘…ギョンヒの存在であった。

彼女は高校の後輩でもあった。

ミヒからポスター用の絵を描いてほしいと頼まれた時も、すぐにギョンヒのことを思い浮かべていた。

休日に、ギョンヒと町の裏通りをただ歩く…それだけの時間が、今のヒョンスには何よりの楽しみだった。

(絵など…描いてる時間はないんだ…)

ミヒをモデルにすることは、それだけ彼女と憂鬱な時間を過ごすことになる。

今のヒョンスには耐えられそうになかった。



          *




ギョンヒは、ヒョンスが会社の事務所を出ていくのを哀しげに見ていた。

向かいの喫茶店に入っていく姿も見えていた。

(さっきの電話…)

ヒョンスへの電話を取り次いだのは、ギョンヒだった。

『失礼ですが、どちら様でしょうか?』

とたずねたギョンヒに

『…婚約者です。』

美しいトーンを持った女性の声であった。

それが彼女… カン・ミヒ…

高校時代に遠くから見て、憧れるほど美しかった人…。


『ただの幼馴染だよ』


一度ギョンヒが彼のアルバムの中に、一緒の写真を見つけた時…

物憂さげにそう言ったヒョンスの横顔を思い出していた。





           *




ミヒの写真は、音大の音楽室で撮った。

彼女の優雅な姿は、写真の素人であるヒョンスが撮ったものではあったが、美しい構図でとらえられていた。

出来上がった写真を見て、ミヒは言った。

「気に入ったわ! これ、大きく引き延ばしてちょうだい! わたしの部屋に飾りたいの!」

ヒョンスは、ただ黙ってミヒのうれしそうな顔を見つめていた。





昨夜、ギョンヒが泣きながら話したことが、きしみ音のようにヒョンスの胸の中を不快にさせていた。

怒りにまかせて、あの『ピアノを弾く少女』の絵もずたずたに切り裂いてしまったヒョンスであった。

自分の気弱さが、ギョンヒを、そしてミヒをも傷つけてしまうだろうと思っていた。



(やはり、ちゃんと言わなきゃな…)


ヒョンスは、ミヒの整った横顔を見つめ続けていた。

子供の頃のあのいとおしさは、もうそこには見つけられなかった。



                                -了-




あとがき

今回は、美しい話ではありません。
事件の発端のようなもの。
今後への伏線のため、書いてみました。

ヒョンスが撮ったミヒの写真のその後…は、もうおわかりですよね!
そう、あの春川のチュンサンの家で、「蹴り倒された額縁写真」です。

ヒョンスとギョンヒが、ただ町を歩く…これもドラマのエピソードを使いました。


author

poppo

ゲストブック
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ギャラリー
  • ようやくの春
  • また冬が訪れようとしています。
  • 引っ越しました。
  • 引っ越しました。
  • 引っ越しました。
  • 引っ越し準備中です。
最新のコメント
内緒のメッセージ
読者登録
LINE読者登録QRコード