「残されたチケット」
『…お客様のお呼び出しをいたします。
11時20分発 ニューヨーク行
BI023便にご搭乗予定のチョン・ユジン様…
至急お近くの搭乗手続きカウンターまでお越しください…』
繰り返される空港内の放送に、私は首をかしげた。
ユジンなら、ついさっきパリ行きの飛行機に乗ったはず…。
見送りはいらないと言う彼女だったが、私は無理やり車に乗せて送ってきたのだ。
パリ行き便の搭乗手続きを終えると彼女は、
「姉さん… 勝手ばかりでごめんね…。
後はよろしくお願いします。」
その顔は、本当に哀しく見えた。
「いいのよ… 会社のことは気にしないで…。
そりゃぁ、あなたがいなくなれば、うちには痛手よ。
それでも、当分は契約もいっぱいだし大丈夫。
だから… しっかり勉強して、帰ってきてね。
お返しはその時に…。」
「ええ…。ちゃんと勉強して…
きっとポラリスに恩返しするから…」
「それまでは、あのスンリョンをもっと仕込まなきゃ…
あ~あ… やだやだ…」
私の嘆息に、ようやくユジンも微笑んだ。
「じゃあ、行ってきます。もうここでいいから… 会社に遅れちゃうでしょ?」
「そうね…。それじゃぁ、行ってらっしゃい。身体に気を付けてね。」
私はユジンを抱きしめた。
その背中を撫でながらも、彼女の本当の気持ちがよくわからないまま…。
そして、彼女はひとり旅立った。
*
私はそのまますぐには出勤する気持ちになれず、4階のカフェに入った。
遅めの朝食を摂りながら、ユジンのことを考えていた。
彼女は… サンヒョクと結婚するはずだった。
私も、ずっとそう思っていた。
サンヒョクは、多少甘えん坊のところもあるが、優しい青年だ。
仕事ぶりも真面目だし、ユジンにはよく似合ってると思っていた。
それが… 彼が現れてから…
昔から、時々ユジンが何か深く考え込むことがあるのには気づいていたが…
彼女はいつも何も話そうとはしなかった。
ただ、妹のヒジンから『初恋の人が亡くなった』という話だけを聞いていた。
きっとまだ心のどこかにその悲しみを残しているのだろうと… 私はそう考えていた。
ユジンの一途さ… それも、サンヒョクがいつか癒してくれるだろうと思っていた。
しかし… その『初恋の人』が生きていて… あの理事だったとは…
今でも覚えている…
サンヒョクと理事…イ・ミニョン氏との間で苦しんでいるユジンを見ているのは辛かった。
始めはサンヒョクを裏切るようなユジンに、私も複雑な気持ちを持っていた。
それが次第にユジンを応援したくなっていったのは、なぜだろう…。
やはり… 運命としか言いようがないのではないか…。
イ・ミニョンではなくカン・ジュンサンに戻った理事…
その理事の家で誕生会に参加した時、私はそれを確信した。
その理事の家で誕生会に参加した時、私はそれを確信した。
ヨングクやチンスクが話す高校時代の逸話や、それに少しずつ答える理事の言葉に、私はこの二人がずっと離れていたにもかかわらず、強い糸で結ばれていたことを知った。
二人は深く愛し合っていて、そして結ばれるはずだった。
それなのに… また、離ればなれになってしまうなんて…。
私は、カフェを出ると、すぐに搭乗カウンターに向かった。
もちろんユジンの姿はなかった。
カウンターの職員に声をかけた。
「チョン・ユジンは私の同僚で… さっき別の飛行機に乗ったはずですが…」
職員は不思議そうな顔で言った。
「おかしいですね…。こちらには、チョン・ユジンさん名義のチケットが届いているのですが…。
はい? …そうです。11時20分発のニューヨーク行きの便のチケットです。
フロアーに落ちていたそうで、もしやお困りかと思いまして…。」
私は、念のため春川の家に電話をかけてみた。
しかし、あいにく留守のようで電話はつながらなかった。
仕方なくサンヒョクにかけてみた。彼なら何か知っているかもしれない…。
「もしもし… ああ、チョンアさん? どうかしましたか?
はい? ええ… まだ大丈夫です。今は…」
サンヒョクは仕事前の食事中だと言った。
私は、チケットの件を早口で話したが、サンヒョクはしばらく返事をしなかった。
そして、しばらく経ってから
「それは… 僕がユジンに渡した物です。 ええ… 昨日…。
そうですか… ユジンは… 行かなかったんですね…」
切なそうなサンヒョクの声だった。
私は、サンヒョクの優しさに胸が詰まった。
サンヒョクはユジンを理事の元へ送ろうと思ったんだろう。
「どうしてユジンは行かなかったの?
ねえ、サンヒョク! あなたならわかるでしょ?」
私の問いにサンヒョクは静かに答えた。
「いえ… 僕にもわかりません…
僕には…
でも… ユジンが決めたことですから…
それを応援するしかありません…」
私は、電話を切った。
そして、空港を後にした。
哀しくて…
切なくて…
悔しくて…
寂しくて…
冬が終わろうとしているのに…
ソウルの街には、春の風はまだ吹いていないようだった。
-了-
冬の挿話ですね。
ブルゴーニュもいいですが、やはり本題にそったストーリーも素敵ですね。
言葉のひとつひとつ、場面を思いだしながら読ませて頂いています。
最近は政治的な背景が良くないですが、冬ソナへの思いは変わりません。