
「Crescent」
「風に当たってきます」
そう次長に告げて、ミニョンはホテルの外へ出た。
スキー場から吹いてくる夜風は、さすがに冷たい…。
ついさっき聞かされた、ユジン達の結婚の話に、今更ながら穏やかではいられなかった。
昼間、事務室に来たサンヒョクの言葉も思い出した。
「カン・ジュンサンを利用して、ユジンを惑わすな」
その言葉は、ミニョンの心の奥にある後ろめたさをえぐりだすように痛かった。
そんな姑息な手段をとるような男ではない、と答えたミニョンだったが、サンヒョクが口にした『非道徳な行動』という辛辣な言葉の前にはかなうはずもなかった。
(彼女は… 婚約しているのだ…)
その事実がある以上、自分には何もできない…
ただ、彼女だけが選択する権利を持っている…
彼女は必ずしもサンヒョクとの結婚を望んではいない…
それは、彼女自身の口から聞いていた。
そして、この自分を好きだとも言ってくれた。
彼女の… その選択を信じるしかなかった。
しかし…
「見ててください。ユジンが誰を選ぶのかを。」
サンヒョクの自信ありげな表情は、ミニョンには入り込めない『積み重ねた時間』の重さを感じさせた。
(頭を… 冷やすべきなのかな…)
ミニョンは部屋に戻る道を選びながら、ふと空を眺めた。
空には星がなく、ただ三日月が雲の合間に見えた。
(今夜は… 眠れそうにないな…)
*
ホテルに戻ったミニョンは、ロビーのはずれから聞こえてきた声に足を止めた。
『イ・ミニョン理事のせいだろ?』
言い争うような男の声と… 彼女… ユジンさんの苦しそうな顔…
「何をしてるんですか」
思わずミニョンは二人に声をかけた。
自分の名前が出されて、黙っているわけにはいかなかった。
振り返ったサンヒョクの視線を無視して、ミニョンはユジンに言った。
「ユジンさんは戻って。」
「なんだと?」
サンヒョクは怒りで顔つきが変わっている。
「私がサンヒョクさんと話しますから、先に戻ってください」
「ミニョンさん…」
ミニョンの言葉にユジンも困っている。
サンヒョクはミニョンの胸倉を掴んだ。
「お前ってやつは…!」
ミニョンはそれを振り払うこともなく言った。
「殴りたければいくらでも…殴られてやるよ。
…でも、あなたがユジンさんに乱暴するのは許せないな。」
「…なんだと?」
「どうしたんです? 殴れないんですか?
暴力はいけないからと?」
ミニョンの言葉に、サンヒョクは手を離した。
(こいつは…)
ふいに思い出した高校時代の一幕…
カン・ジュンサンとも同じようなことがあった。
サンヒョクは言いようのない感情にとまどった。
そのサンヒョクの様子に気が付くこともなく、ミニョンはユジンをこの場から連れ出そうとした。
ユジンは、一旦は歩き出したものの、振り返ってサンヒョクを見た。
そして、背中に回されたミニョンの手を下に外し、言った。
「サンヒョクと話してから…戻ります。
このまま帰すわけにはいきません。
…ごめんなさい…」
ミニョンは、去っていく二人の後姿を見送りながら、ユジンの気持ちに思いをはせた。
(一番つらいのは…彼女なのだ…)
更に強くなる愛おしさに、ミニョンは首を振り、大きく息を吐いた。
部屋に戻ってからも、心の中はユジンへの思いであふれそうだった。
ややもすれば熱くなる頭を冷やそうと、窓を開けた。
風は、ひとりきりの部屋を嘲笑うように入ってくる。
空にはまだ三日月が残っていた。
そのわずかな光に、ミニョンは初めて祈った。
(彼女を… 誰にも渡したくない…)
でも… それが彼女を苦しめるのだ…
ミニョンはいつまでも風に吹かれていた。
*
サンヒョクも同じように窓の外を眺めていた。
やはり、なかなか眠れそうになかった。
胸の中にわいてくる得体のしれない不安感…
それは、ミニョンとチュンサンの類似性…。
(顔が似ていると… 言動まであんなふうに似たものになるんだろうか…)
あの時も… 今日も…
自分は殴ることができなかった…
…なぜだ…
どう考えてもわからない不思議な感覚があった。
答えを求めるように空を見ても、今夜は星一つ見えやしない…。
(ユジンを… 失いたくない…)
サンヒョクは、冷え切った部屋の中でうなだれた。
-了-
あとがき
これも十年以上ネタ帳に埋もれていたものです。
特別面白くもない作品ですが、ユジンを巡ってミニョンとサンヒョクの違いが段々わかりやすくなってくる時期で、僕は好きです。
ミニョンの部屋には月が見え、サンヒョクの部屋には見えません。
これは監督の表現なのでしょうか…
“Crescent”はもちろん三日月のことですが、元々は「成長する」という意味があったそうです。
月が次第に丸くなっていくように、ミニョンの一縷の願いは光を増していくのでしょうか…。
そんなイメージから「Crescent」というタイトルにしました。
「冬のソナタ」は、大好きだったけれど、
所謂「二次小説」に辿り着いたのは、
凄く遅く、皆さんの連載が殆ど終わってからでした。
うさこさんのサイトを通じて、
Poppoさんに巡り合い、
寝不足になりながら、
お話を読ませていただいた日が懐かしいです。
また、ここで、
冬のソナタを思い出し、
新たなお話を読める事を、
とても嬉しく思います。
よろしくお願いいたします。