「別人」
電話の向こうから聞こえたのはミニョンさんの声だった。
「ユジンさん…。」
あの彼とは思えない、弱々しい声…。
「…はい…。」
そう答えた私も、胸が苦しくてたまらなくなった。
「ユジンさん…。 今…出てこられますか…?」
彼は、私に話があると言った。
数刻前の醜態を恥じているのだろう。落ち着いて話すから、と訴えた。
私に…会いたい…と。
(………。)
私は、心を鬼にして彼に告げた。
「…チュンサンは…私を『ユジンさん』とは呼ばなかったんです…。
…そして、こんな風に自分の感情を押し付けてくるようなことはしませんでした。」
チュンサンとミニョンさんの違い… それを私は語ろうと思った。
「チュンサンは人づきあいが下手でした…。
ですが、心の傷に触れて人を苦しめたりはしなかったんです…。」
私は次々と、チュンサンとミニョンさんの違いを話した。
暗かったチュンサンとは逆に、明るいミニョンさんの姿を…
歩き方や笑い方も… 全く違う二人…
受話器の向こうのミニョンさんは、黙ったままだった。
「ミニョンさんは、チュンサンじゃないんです…
…別の人なんです…。」
(…それなのに… なぜ…私は…この人を… )
チュンサンとの違いを口にすればするほど…
私がミニョンさんを愛した理由を語っている…。
ミニョンさんが、小さくつぶやいた。
「… 別人…なのでしょうか…。」
(…そうなのだ… 私は…
決してチュンサンではなく… ミニョンさんを愛してしまったのだ…)
溢れ出すものを抑えられぬまま、私は告げた。
「もし…チュンサンが戻ってきたとしても…
私は… サンヒョクの元を離れません…。」
(それは… 私の心がもうチュンサンではなく…
ミニョンさん… あなたに奪われたからなの… )
そのことにようやく気づいた私は、それを打ち消そうと言葉を探した。
「私は… サンヒョクを選んだの…」
(…違う… あなたを… 諦めたの… )
「ミニョンさんも… 私をその手から放してくれたわ…」
(…あなたは… 誰よりも私を信じてくれていたのね… )
黙っているミニョンさんに…
私は、いつも私を包みこむように暖めてくれた彼の愛を感じていた。
私は、絞りだすような思いで言った。
「これからは… 私を自由にしてください… 」
あなたを… 忘れさせてください…
「これで… お別れです…」
電話を切ろうとした私を、彼の声が引き留めた。
「…ユジンさん。 待っています…」
彼は、ただ会って話したいと… それだけを繰り返した。
私は電話を切った。
(……… 。)
しかし、気づいてしまった心を抑えることはできなかった。
最後にもう一度、彼に会っておかないと…
また、チュンサンと同じように後悔するような気がした。
その思いは怖れとなって私の身体を駆け抜けた。
(会いにいかなくては… )
家を出ようとした私を、ママの声が止めた。
ママには私たちの会話が聞こえていたのだろう。
「これが最後だから…!」
私は、泣きながら訴えた。
引き留める母を振り切ってドアに向かった私の背に、チンスクの叫び声が響いた。
「お母さん!」
私は… 倒れた母を前に、全てを諦めるしかなかった。
-了-
あとがき
本編第13話『追憶』の中の1シーンです。
『冬の挿話』では第13話を取り上げた作品はありませんでした。
書く必要がないくらい本編が素晴らしかったからです。
ただ、ユジンの言葉の裏側を書いたこの一編が、僕のボツ原稿の中に埋もれていました。
10年以上埋もれていた記憶を少し書き直して『冬の残り火39』としてアップしました。
コメント一覧 (10)
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- 2019年03月21日 15:32
- ありがとうございます。
チュンサンとユジン並みの時間が流れましたが、お元気でしょうか。
こちらはまた冬ソナをじっくりと見始めました。
古びてきたネタ帳ものぞきながら、記憶を取り戻そうとしています。
その他と言えば、朝ドラの『まんぷく』は初日からずっと録画をしてみています。
いろいろと楽しめる作品だなぁと感心しています。
-
- 2019年03月21日 19:15
- リコメ…早いですね。ありがとうございます。
私は、「冬ソナ」を見直す…を始めると、たぶん寝食忘れてしまうので、我慢しています。何のための我慢(?)という突込みはなしで。
今、世界フィギュア男子の部…田中刑事選手の演技を横目で見ながら、神崎範之選手の冬ソナ…コートとマフラーのチュンサンを思い出していました。
『まんぷく』…いいですね。ママさんが主演なんて、とっても素敵です。私が記憶している一番古いNHK朝の連続TV小説は「おはなはん」ですが、先日、おはなはんを演じた樫山文江さんが出演するドラマを見ました。今でも現役なのがすごいし、素敵に年齢を重ねていることも…素晴らしい。見習いたいものです.
福子役の安藤サクラさん…父である奥田英二を初めて知ったのは、映画館で「もう頬杖はつかない」で桃井かおりと共演したとき。あの映画、セリフがとても聞き取りにくくて…鳴り物入りだったので、期待していた割には、つまらなかったように記憶しています。
-
- 2019年03月21日 20:39
- 内緒さん、こんにちは。そちらのゲスブにお邪魔させていただきました。
-
- 2019年03月21日 20:46
- > 子 狸さん
朝ドラ出身では、僕は友里千賀子さんが好きでした。「おていちゃん」の主役です。
大河ドラマ「草燃える」では静御前の役。他には「愛の水中花」で松坂慶子さんの妹役でした。
井村屋のあんまんのCMが一番アピール度が高かったかな?
ふっくらとした方でしたが、どこか気品のある方でした。
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- 2019年03月21日 21:45
- 「まんぷく」は登場人物の性格描写や心理描写が面白いです。ただ登場しているだけでなく、ちゃんとリアル感が持てるような肉付けがされています。ややコメディーに走りすぎるきらいはありますが、愛すべき人々として描かれているのがうれしく、半年間楽しんできました。
-
- 2019年03月21日 23:12
- ちょっと的外れかもしれませんが…
私は、遠野凪子主演の「すずらん」…ストーリーはほとんどわかりませんが、
ヒロインが年齢を重ねて…遠野凪子さんから倍賞美津子さんに代わって たまたま見た…最終回に近い回で、知人の遺言により多くの遺産を引き継いだヒロインが言ったセリフ…
「子どもたちの未来は、つねに輝いていなければならない」「だから、恵まれない子どもたちの未来のためにこのお金を使いたい」…印象に残っています。
今の「子どもたちの未来を輝かせるためにはどうすればよいのか」大人たちは、つねにそう問いかけながら、生きていかなければならないと思っています。
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- 2019年03月21日 23:28
- 子どもたちとは「未来」そのものです。次の時代でもあり、この世界を引き継いでいく大切な後輩たちでもあります。その未来を今、私たちは非常に難しい時代にしようとしています。生きていくことすら相当の困難が予想される時代…。
自分が生きている時代さえ楽しければ後は知らない、という無責任な人が増えているそうです。
個人の果て知れぬ欲望が、他人をかき分けながらどんどん社会を汚していく…。
そんな無力感を感じることがあります。
-
- 2019年03月23日 09:49
- 子どもたちの輝く未来のために…つねに心がけていきたいと思います。
自分たちだけが良ければそれでよい…その考えは捨てないと。負の遺産を残さないことが大事。防衛費より教育費。
便利さのみを追求することは避けたい。海洋生物の死体から見つかった、多量のプラごみ…人工芝も見直さないと。
保護者の収入に関係なく、希望すればだれでも高等教育を受けられるように。奨学金という名の借金…卒業したばかりの若い世代を悩ませることがないように。
いろいろとあります。
子どもたちには選挙権も被選挙権もありませんから。大人たちの役目です。
-
- 2019年03月23日 18:51
- 防衛費はどうかなぁ…。10年前と比べると、日本の周囲は安全とは言えなくなってきていますよね。教育費は、それ自体が国を守る力につながっていくと思います。
今の日本はお金の使い方については論議されていますが、お金の稼ぎ方(外貨の獲得)に関しては不十分と思われます。経済力の支点をどこに置いていくのか…。若い人たちの中から素晴らしい人材とアイデアが出てくることに期待しています。
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poppo
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昨夜のうちにこの記事に気づかなくてごめんなさい。
悲しくて切ないシーンを思い出してしまいました。
そうでした、「これぞ冬ソナ」という切なさです。
あれからずいぶん月日が流れましたが
poppoさんの「冬ソナで泣きたい…」の真骨頂だと思います。
最近は、」サントリーの神崎研究員のCMを目にするたびに、
チュンサンのエキシビジョンを思い出しています。