d49e7640.jpg

「別人」





電話の向こうから聞こえたのはミニョンさんの声だった。

「ユジンさん…。」

あの彼とは思えない、弱々しい声…。


「…はい…。」


そう答えた私も、胸が苦しくてたまらなくなった。


「ユジンさん…。  今…出てこられますか…?」


彼は、私に話があると言った。


数刻前の醜態を恥じているのだろう。落ち着いて話すから、と訴えた。


私に…会いたい…と。


  (………。)



私は、心を鬼にして彼に告げた。


「…チュンサンは…私を『ユジンさん』とは呼ばなかったんです…。


 …そして、こんな風に自分の感情を押し付けてくるようなことはしませんでした。」


チュンサンとミニョンさんの違い…    それを私は語ろうと思った。




「チュンサンは人づきあいが下手でした…。

 ですが、心の傷に触れて人を苦しめたりはしなかったんです…。」




私は次々と、チュンサンとミニョンさんの違いを話した。


暗かったチュンサンとは逆に、明るいミニョンさんの姿を…


歩き方や笑い方も…   全く違う二人…


受話器の向こうのミニョンさんは、黙ったままだった。



「ミニョンさんは、チュンサンじゃないんです…

            …別の人なんです…。」


 (…それなのに…   なぜ…私は…この人を… )


チュンサンとの違いを口にすればするほど…


私がミニョンさんを愛した理由を語っている…。




ミニョンさんが、小さくつぶやいた。

「… 別人…なのでしょうか…。」


 (…そうなのだ…   私は…


  決してチュンサンではなく… ミニョンさんを愛してしまったのだ…)


溢れ出すものを抑えられぬまま、私は告げた。


「もし…チュンサンが戻ってきたとしても… 

 私は…   サンヒョクの元を離れません…。」


 (それは…   私の心がもうチュンサンではなく…


  ミニョンさん…   あなたに奪われたからなの… )



そのことにようやく気づいた私は、それを打ち消そうと言葉を探した。


「私は… サンヒョクを選んだの…」


 (…違う…   あなたを… 諦めたの… )


「ミニョンさんも… 私をその手から放してくれたわ…」


 (…あなたは… 誰よりも私を信じてくれていたのね… )



黙っているミニョンさんに…  

私は、いつも私を包みこむように暖めてくれた彼の愛を感じていた。



私は、絞りだすような思いで言った。


「これからは…  私を自由にしてください… 」




あなたを…  忘れさせてください…



「これで… お別れです…」






電話を切ろうとした私を、彼の声が引き留めた。


「…ユジンさん。 待っています…」


彼は、ただ会って話したいと…  それだけを繰り返した。




私は電話を切った。



 (……… 。)



しかし、気づいてしまった心を抑えることはできなかった。


最後にもう一度、彼に会っておかないと…

また、チュンサンと同じように後悔するような気がした。

その思いは怖れとなって私の身体を駆け抜けた。


 (会いにいかなくては… )


家を出ようとした私を、ママの声が止めた。


ママには私たちの会話が聞こえていたのだろう。


「これが最後だから…!」


私は、泣きながら訴えた。

引き留める母を振り切ってドアに向かった私の背に、チンスクの叫び声が響いた。

「お母さん!」




私は… 倒れた母を前に、全てを諦めるしかなかった。



                     -了-



あとがき

本編第13話『追憶』の中の1シーンです。
『冬の挿話』では第13話を取り上げた作品はありませんでした。
書く必要がないくらい本編が素晴らしかったからです。

ただ、ユジンの言葉の裏側を書いたこの一編が、僕のボツ原稿の中に埋もれていました。
10年以上埋もれていた記憶を少し書き直して『冬の残り火39』としてアップしました。