「same one」





待ち合わせた時間はとうに過ぎている。

相変わらずユジンは『遅刻魔』のようだ。

しかし、僕はその彼女を待つ時間さえ楽しかった。



パタパタという足音が駐車場に響き、彼女が駆け込んできた。

「また遅刻だ。」

僕の言葉にもユジンは平然としている。

かわいい人…。

「キム次長とチョンアさんは?」

「先に行ったよ。」

それも僕たちに気を遣ってのことらしい。

「…?

 目が赤いわよ?

 眠れなかったの?」

心の中で慌てながら、僕は答えた。

「いや、よく寝たよ。」

「……?」

ユジンの顔が疑っている。


「本当だよ。

 君の夢を見ながらね。

 さあ、行こう。」

僕たちは、またあのスキー場に向かった。




          *



久しぶりに二人で歩く雪の上。

握り合った手のぬくもりに、僕は心が満たされていくのを感じていた。


語り合う懐かしい日々…。

ユジンへの思いに気づいたこの場所…。

二度と戻れないものと諦めていた場所…。

しかし今、彼女は隣にいる。


ユジンもここが恋しかったと言った。

「雪も… 冬の嵐も…

 イ・ミニョンだったカン・ジュンサンも…


 ここは、まだ冬のままね…。」


僕は尋ねた。

「冬が終わるのが厭?」


「…厭だった…わ。

 10年前にあなたを失った時も、あなたが逝った後に春が来て…

 だから、この冬が終わるとまたあんなふうに、全てが消え去ってしまうんじゃないかって…」


(…ユジン…!)

僕は、この人の心を本当に傷つけていたのだ。


「大丈夫。もう消えたりしないよ。」

それは、僕の心からの約束…。


「約束よ?」

ユジンも念を押すように言った。


「ああ、約束する。」

僕たちは、顔を見合わせた。

「僕たちは、もう二度と離れないんだ。いつも一緒だよ。」


「……!」

うれしそうに頷く彼女の肩を、僕は抱き寄せた。



それから僕たちは、ロープウェイで頂上に向かった。

次長たちも待ちくたびれているに違いない。

だけど、もう少し…

僕はユジンとふたりきりでいたかった。

もしかしたら、次長もチョンアさんと一緒に楽しんでいるんじゃないかと思いながら…。



ロープウェイから見えるスキー場は美しかった。

どこまでも青く透き通った空と、白く輝く雪の大地。

あの激しい嵐の夜は、雪の下に埋めた記憶。

二人だけの記憶は、この胸の中でいつまでも消えないだろう。


そして、僕たち二人が一緒に作り上げる今回の仕事。

あと少しで仕上がるこの仕事も、一生忘れられないものになるに違いない。

僕と… 君とで作る素敵な作品…。

これからも、ずっと…。



ふいにユジンが口を開いた。

「チュンサン…。

 一度聞こうと思っていたことがあるんだけど…」


…なんだろう?

(……?)


そういえば、僕も彼女に聞きたいことがあった。


「僕も、君に聞こうと思っていたことがあるよ。」


「…ん? 私に?

 …何を?」

ユジンの目が不思議そうに回っている。

愛らしいその瞳…。


「君から言いなよ。」

僕がそう言うと、

「ずるいわね。

 チュンサンから言ってよ。」


「先に言いかけたのは君じゃないか。

 なんだい? 僕に聞きたいことって。」


「……!」

ユジンはちょっとにらむ真似をした。


「あのね…

 あなたが建築家になったのは、どういうきっかけなのかな…って…。」


ユジンは、遠くの空を眺めながら言った。


「あなたが建築家になったから、私たち… また会えたんじゃないかと思うの。

 だからね… どうしてかなって。


 あ、あなたが聞きたいことって?」


僕は笑った。

「…同じだよ。」


本当にそうだったのだ。

僕も、ユジンがなぜ建築デザインの道に入ったのかが知りたかったのだ。


「本当に?

 合わせているんじゃない?」


「本当だよ。

 僕も、なぜ君が建築の分野に進んだのかが知りたかったんだ。

 だって、君は高校時代は…」


ようやく思い出せるようになったあの時代…。

懐かしい彼女の姿…。


「高校時代はあなたと同じ放送部だったわね。

 音楽が好きだったし、歌を歌うのも好きだったから…」


僕も覚えてる…。

あの日の君を…。


「キム班長たちと飲んだ時も歌っていたね。

 高校時代と同じで…」


「…同じで何?」


僕は口をつぐんだ。

笑いそうになるのを、必死でこらえた。


「チュンサン!

 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」

ユジンのひじ鉄に、

「同じように可愛かった、と言おうとしたんだよ。」


「……。

 …嘘つき。」

ユジンはふくれた顔で横を向いた。

それを笑いながら、僕は言った。

「歌だけじゃなく、君は絵も描いていたよね?

 上手な絵をさ。

 画家志望…ってわけでもなかったのかい?」


「…褒められている感じがしない口ぶりね。

 う~ん… 絵も好きだったけど…」

ユジンは、少し考え込んでから言った。


「…野球選手の趣味は、野球かしら?」


「…なんだい? それ。」


「覚えてないの?」


「…野球選手が… なんだっていうの?」

僕の言葉に、ユジンはがっかりした顔で言った。


「チュンサン、あなたが言ったのよ。

 あの時…

 そう… あなたが転校してきた時…。」


「僕が… 転校してきた時?」


「ええ。そうよ。

 私が『クラブは何にする?』って聞いても、あなたは『何でもいい』って。

 だから『科学高校から来たんだから科学部はどう?』って私が言ったのよ。

 そうしたら…」


「野球選手の趣味は、野球か?

 …思い出したよ。」

僕の目に、あの日のユジンの姿が浮かんだ。

今も変わらない、まっすぐな人…。


「思い出した?

 …よかった。」

ユジンが微笑んだ。


「その言葉がね… ずっと忘れられなかったの。

 趣味と仕事は違うんだ…って。


 パパもそうだったけど、人って好きな仕事を選べるものじゃないんだと思ったわ。」


「それで建築デザインに進んだわけかい?

 それだって理由があったんだろう?」


「そうね…。

 私にもよくわからないの。

 大学を決める時、いろいろ考えはしたんだけど…

 結局、早く働きたかったのね。

 …ママを楽にしてあげたかったの。


 私がパパの代わりになって、どんどん仕事をして…

 ママやヒジンと楽しく暮らせたら…って… それだけを考えてたわ。」

僕は彼女の横顔に、いつか見た芯の強さを感じていた。


「建築分野の仕事は多いと思ったの。

 男の人だけの世界じゃないとも思ったわ。

 自分が考えたデザインが、形になって生まれることって素晴らしいじゃない?

 心の中にあるものを、形にしたかったのかな…。」


「僕も、同じようなことを考えていたよ。

 石やコンクリートは、心が通っていない冷たいものだけど…

 それが積み重なって形になった時、暖かみが感じられるものを作りたい、と思ったんだ。」


「ふ~ん…。

 高校時代のあなたは、ピアノが上手だったのに…。

 やはり、お母様の血かしら?

 …あ。数学も得意だったのよね?

 それはいったい誰に似たのかな。

 建築基準の計算には役立ったのかもね。」


「そうかも知れないけれど、やはり義父さんの仕事の影響が大きいな。

 建築分野以外の道など考えられなかったんだよ。」

 
…父…。

もう、この世にはいない人…。


…また… 頭の中に浮かぶ映像…。 


「…チュンサン?

 どうかしたの?」

ユジンの声に、僕は我に返った。

「大丈夫? 急に考え込んだりして。

 はは~ん…

 大学の授業をサボっていたことでも思い出したんでしょう?」

屈託のない彼女の笑顔。

「違うよ。

 お転婆な君のことさ。

 すぐに高いところに跳び乗る癖があるだろう?

 建築の世界に入らなきゃ、サーカスしか仕事はないよ。」


「まぁ! 言ったわね!

 この元不良学生!」


彼女の笑顔を見ながら、僕は思った。


僕たち二人は、ともに父を失った似た者同士で…

何かを求めながら生きてきた。

足りない何かを形にしたくて…

この仕事を選んだのかもしれない。


形のないものを…


 ………。


僕は今、感じている。

形のないものが、はっきりとここにある。

彼女の微笑みと、この温かい胸。


僕たちは、これからも同じひとつのものを守り育てていくのだ。




頂上に登った僕たちは、そこで石積の上にひとつずつ石を載せた。

その石たちに心が宿ることを思って。

ユジンは、風の中で手を合わせて何かを祈っている。

僕も、同じように心で祈った。


「何を祈ったの?」

僕の問いに、ユジンは答えた。


「何事もなく… あなたと一緒にいられますように…って。


 …あなたは?」


「…同じだよ。」


そう…  僕たちは同じ…。

もう二度と離れることなどなく、ずっと一緒にいるのだ。


僕は、冷えた彼女の手を自分の手で包んだ。

この手を、二度と離しはしない。

そうこの雪に誓った。




                     -了-



あとがき

本編第17話のシーンから、です。
ふたりの一番幸せだった時を描いてみました。

形のない『愛』というものを、僕たちにひとつの形で見せてくれた『冬のソナタ』に感謝を込めて。



 コメント一覧 (10)

    • 1. 子 狸
    • 2007年12月24日 12:18
    • 短かった二人の至福の時…
      今日はクリスマス・イヴ…幸せな時間を過ごす二人に…乾杯♪
    • 2. 冬ソナonlyyou
    • 2007年12月24日 14:16
    • 3連休ですから、たまっている家事をこなさなければなりませんのに、Poppoさんの「追っかけ」をしてなかなか家事がこなせません。
      今日も「ブルゴーニュ」と「残り火」とみなさんの「コメント」に浸らせて頂いて、今幸せ気分です。
      ブログ開設3周年に向けて、Poppoさんの健康が守られますように。
      皆様の上にクリスマス・イヴの幸せが訪れます様に。
    • 3. あとむまま
    • 2007年12月24日 17:48
    • この頃の二人・・・見ている私たちの胸が一杯になるほどに幸せに輝いていますよね。
      こんな日々がいつまでもずっと続いていく事を祈っていたにちがいありません。
    • 4. poppo
    • 2007年12月24日 20:31
    • 子狸さん、こういう感じは僕にしては珍しいでしょう?
      悲しい場面はカットしてしまったのです。
    • 5. poppo
    • 2007年12月24日 20:35
    • 冬ソナonlyyouさん、年末の折、ご苦労様です。
      くれぐれも家事に支障をきたしませんように。
      テレビ番組とは違って、いつでもお時間のある時に覗いていただければ結構ですから。
      まずは今夜がご家族みなさんにとって素敵なものでありますように…。
    • 6. poppo
    • 2007年12月24日 20:39
    • あとむままさん、ありがとうございます。
      この先の二人を考えると、切ないものがありますが、幸せな語らいの時間を与えてあげたいなぁ…と思いました。
      職業の選択というものは難しいものです。
      なかなか自分の希望通りにはいかないようです。
      僕は、さしあたって恵まれているんだと思いました。
    • 7. tomato2709
    • 2007年12月24日 21:30
    • こんばんは。
      『冬ソナ』の中の、本当に数少ない、幸せな時でしたね。本当にこのような会話があったんだろうな…と思ってしまいます。
      今夜はクリスマス・イブ…。私は仕事でしたので、今夜の我が家の食卓はいつもと代わり映えのしない焼き魚と煮物と冬至カボチャの余り…!?
      クリスチャンではないけれど、特別な気持ちになってしまう今夜。世界中の人々が、『冬ソナ』の登場人物たちのように、他人を思いやって幸せに暮らせますように。
    • 8. poppo
    • 2007年12月24日 22:40
    • 宗教上のことは、僕にはわかりません。
      しかし、クリスマスだからといってたくさんの鶏肉が並ぶのを見るのは妙な気分になります。
      食を含めた「犠牲」とか「代替」というものに感謝したい。
      与えられている…恵まれていることに対する感謝も忘れたくない。
      他によって生かされ助けられ、得たものを今度は皆に分け与えること。
      それが社会だと思っています。
      思いやりやいたわりなど、全てが愛という言葉で言い換えられるなら、愛をたくさん持った人間になりたいと思います。
    • 9. **seiko**
    • 2007年12月26日 22:37
    • 今日 久しぶりに「冬ソナ」を1話から観始めたので、チュンサンやユジンのセリフがよくわかりました。
      「野球選手の趣味は 野球か?」「この 不良学生!」。。
      やはり 何時観てもいいですね。。
      チュンサンとユジン…。17話を初めて観た時は こんなにも 悲しい展開が待っているとは 思わずにいましたよね。。
      ずっとこの幸せが続くと思っていたのに…。
    • 10. poppo
    • 2007年12月26日 23:06
    • NHK版しか見ていない方では感じ方も違うでしょうね。
      なるべくオリジナル版のセリフの素晴らしさを生かしていきたいと考えています。

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