「街路樹」
湖畔の舗道は、黄金色に照り映え始めていた。
葉を落としたメタセコイヤの並木の影が、暮れかかる陽の光を受けて流れるように延びている。
風は優しい。
耳元に小さく冬枯れのワルツを謳いながら、鳥たちを塒(ねぐら)へと運んでいる。
また、この季節が来る…。
何もかも遠い記憶の向こうへ消し去り、後には透き通った空だけ…。
サンヒョクはひとり、コートのポケットに両手を入れて歩いている。
久しぶりに訪れたこの春川の町は、昔と変わらない姿で冬を迎えていた。
何となく湖を見たくなった。
西日に誘われるように、ここに足が向いた。
ユジンが好きだった場所…。
彼女はここでいつも何を思っていたのだろうか…。
湖面はかすかに揺れて、そのたびにキラキラとまぶしい光を見せている。
懐かしい思い出の一コマ一コマが、頭に浮かんだ。
ユジン…。
初恋の人…。
今頃は、パリの空の下で同じように冬を迎えているのだろうか。
並木の道を歩きながら、サンヒョクは白い息を吐いた。
あの頃の僕たちは、いったいどうしてあんなに傷つけ合ったのか…。
僕は…
ユジンは…
そして、チュンサンも…。
彼らはここで何を語り合ったのだろう。
僕には聞こえない、ふたりの笑い声…。
足元の落ち葉が、かすかにささやいている。
僕は、馬鹿だったな…。
ふと顔を上げると、木々の向こうに美しい湖の景色が見えた。
今まで気づいたことなどなかったこの風景。
どこからか響いてくるショパンのメロディー…。
……?
風の音…?
サンヒョクは小さく微笑んだ。
美しいものは、心の中に旋律として響いてくるのだろう。
サンヒョクは、静かにその風景を眺め続けた。
… … … … …
背後で小さなベルの音が鳴った。
自転車に二人乗りしたカップルが、ゆっくりと追い越していく。
ひとり歩く自分の横を、すり抜けていく甘酸っぱい風…。
その若い二人の後ろ姿を見送りながら、胸の中にさざめく思い…。
僕は、ずっとユジンを守って行きたかった。
一緒にこの長い道を歩いて行きたいと思っていた。
しかし、気が付けば…
僕は彼女を見守るだけの舗道の街路樹…。
そこから動き出すこともできず、ただ彼女の行き過ぎる姿を見送っただけ。
つかの間、冷たい風から彼女を守る梢になっていたのだろうか。
いや…
それも、今となっては違っていたように思う。
むしろ、僕が彼女を影で覆っていたような気がする…。
哀れな街路樹…。
ユジンは、ひとりパリで歩き始めた。
もう、僕の元に戻ることはないだろう。
パリの街路樹の中、彼女自身の道を見つけて歩いているに違いない。
また静かに風が舞った。
ひとひら葉を落としていくメタセコイヤの木。
僕も、枯れた葉は落として風を受けよう。
あの夕日をひとりで見つめよう。
消えかかる最後の輝きを、この胸の奥に焼き付けて…
そして深く沈めよう…。
湖畔は赤みを帯びた光に包まれていく。
サンヒョクも、その頬をまっすぐにその輝きに向けている。
いつか…
その陽の光に向かって大きく枝を伸ばしていくことを思って…。
閉まりかけていた売店で、サンヒョクは絵はがきを一枚買った。
この故郷の冬を、忘れないために…。
忘れるために…。
『親愛なるチョン・ユジン様
元気ですか。
僕も元気で頑張っているよ。
パリにも冬が来ているだろうね。
美しい街路樹の中を歩く君の姿が目に浮かぶようだ。
風邪などひかないように。
晩秋の春川より
君の友人 キム・サンヒョク』
-了-
あとがき
これもボツ原稿の中から。
『挿話』に入れるほどでもない作品です。
『挿話』に入れるほどでもない作品です。
でも、今のこの季節にちょうど合うので…。
コメント一覧 (8)
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- 2007年12月15日 15:33
- こんにちは。今日も感謝して読ませて頂きました。
サンヒョクはユジンと別れたあの時と同じコートを着て歩いたのでしょうか。立ち止まり、振り返り、あの頃の自分とユジンを探しているかのように…。
内面を見つめることが出来るようになって、ユジンと自分の気持ちの隔たりに、今更ながら哀しみを増しているサンヒョクなのでしょうか。
Popooさんが描いて下さるサンヒョクは私の中で「チュンサン・ミニョン」と同じく、とても大切な位置にいます。それほどヨンハ君の演技力がすばらしかったのでしょうね。(ヨンジュンさんは言わずもがなですが。)
いつも勝手な解釈ばかりですみません。m(_ _)m
でもPoppoさんの文章は私の貧弱な想像力をいつも豊かにしてくれるものですから…。
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- 2007年12月15日 21:13
- 冬ソナonlyyouさん、ありがとうございます。
ヨンハssiの演技力… 特に目の演技は素晴らしいです。
うつろな目や迷いや戸惑いを示す目、諦めて伏せる目…。
ヨンジュンssiに比べると、少し首が固い(顔と身体の向きのレパートリーが少ない)かな…と、ほんの少し残念に思っています。
それがかえってサンヒョクの不器用さを表現できているんですけど。
僕の文章は、書きすぎないように心がけています。
常に何か足りないように、残しておくんです。
それをみなさんが頭の中で補ってくれているんです。
あなたに想像力がなければ、決して読めないものばかりですよ。
ドラマの中の美しい映像の記憶とあなた自身の想像力。
あなただけの「冬ソナ」が作られているのだと思います。
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- 2007年12月16日 00:39
- Poppoさん こんばんは。
サンヒョクの気持ち…きっとそうなんだろうと思いながら読ませて頂きました。
最近 サンヒョクの気持ちは 本当はどうだったんだろうか…?
と考える機会があり ユジンを10年間支えてきたのは サンヒョクなのに 婚約までしたのに 何故 ユジンと上手くいかなかったのだろう…?
運命なんでしょうけど それで 片付けてしまっては なんだか
サンヒョクが気の毒で…。
何故 ユジンは サンヒョクと婚約するに至ったのか?というのも 未だに謎なのです。
その経緯を(ユジンの心の動きを)知りたいのです。
納得いく理由が知りたいのです…。
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- 2007年12月16日 00:59
- Seikoさん、答えは…いくつかありますが…
「サンヒョク以上の相手に出会わなかったから」
それでいいのでは。
チュンサンの面影はずっと心の奥にあったでしょうが、それだからといって一生独身でいるにはユジンは優しすぎたのです。
サンヒョクの気持ちもわかるし、母の願いもわかっていたでしょう。
父ヒョンスの親友だったチヌにも信頼を寄せていたでしょうし。
ミニョンさえ現れなければ…
そういう運命だったのだと思います。
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- 2007年12月16日 09:18
- Seikoさんとのお話しに割り込ませていただいていいでしょうか?
ユジンのサンヒョクに対する気持ちも一つの「愛」だったと思います。
自分を大切にしてくれるサンヒョクといて、周囲もそれを望んでいることを知っているユジンが、婚約という形でサンヒョクの気持ちを受け入れたとしても決して不自然なことではないと思います。
サンヒョクと婚約して、このままそう「悪くない人生」続いて行くのだろうと思っていたのではないでしょうか?
でもミニヨンと出会ってしまった・・・。
人を愛するのに理由がないように、心が離れていくのにも理由なんてないと思います。
いつも周りの人の気持ちを慮っていたユジンが、サンヒョクを傷つけてでも、自分が憎まれてでも、ミニヨンの胸に飛び込んだあのコンサートの夜のシーン・・・。
あのユジンの気持ち・・・私には痛いほどわかる気がします。
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- 2007年12月16日 10:22
- あとむままさん、おはようございます。
サンヒョクとミニョンの違いにも、ユジンは気づきましたからね。
サンヒョクは、ユジンのチュンサンへの愛を認められなかった。
チュンサンはお前を愛していなかったのだ、と否定するばかり。
それは、ユジンの心と記憶を否定するのと同じです。
ミニョンは違います。
チュンサンを愛したユジンを認め、その心ごと愛したのです。
チュンサンのどこが好きだったのか… タブーにせずに話すこともできました。
チュンサンの死を正視するように告げてユジンと対立はしても、現実に導く努力を惜しまない。
自分ができることをやるだけだと、大きな愛でユジンを包みます。
愛する人の過去を非難したり、相手のことを悪く言ってはいけません。
これ… 僕自身も身に沁みています。
教訓のひとつです。
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- 2007年12月16日 14:42
- Poppoさん あとむままさん 私まだまだ「冬ソナ」に深くはまり込んでいませんでしたね。。
そうですよね…。
お二人のおっしゃる通りですね。。
ありがとうございます。
『ブルゴーニュの風』も今夜書きますからね!