「夕映え」




今日もユジンとチュンサンは、落ち葉の掃除に励んでいた。

夕方の空には二つきりの雲が並んで流れている。

ほんのりと赤く染まった雲の光が、ふたりの頬にも明るく映っていた。



「チュンサン…。

 少し風が出てきたわね…。」

ユジンが襟元を気にしながらつぶやいた。


「…そうだね。

 ユジン、寒くないか?」

チュンサンは、集めた落ち葉が風に飛ばされるのを箒で押さえながら言った。


「大丈夫。

 チュンサンこそ寒くない?」


「ああ。

 …そろそろこれ、燃やそうか?

 そうすれば暖まるから…  それも、こっちに持ってきなよ。」

ユジンの集めた落ち葉の山も、時折小さな風に吹き上げられている。



焼却炉に集めた落ち葉を入れると、チュンサンはポケットからライターを取り出して火をつけた。

その様子を見ながら、ユジンが言った。

「あなた… どうして煙草なんか吸い始めたの?」

こうして落ち葉を燃やしている時に、チュンサンはこっそり煙草を吸っていることもあるのだ。

ユジンの問いに、チュンサンは視線を空に向けて言った。

「君の親父さんにも、そんなふうに聞いたことがあるかい?」


「え?  …パパに?

 ………。

 …ないわ。」

ユジンは首をかしげて答えた。

チュンサンはクスッと笑った。


「何よ。

 何がおかしいのよ。」

ユジンは口をとがらせた。

「パパは大人だからいいけど、あなたはまだ未成年じゃない。

 煙草を吸うなんて良くないと思うわ。」


「…なるほど。

 教科書にそう書いてあったかい?」

チュンサンは、そう言うとポケットから煙草の箱を取り出した。


「…! やめなさいったら!

 人が今忠告しているのに… 失礼だわ!」

ユジンはチュンサンをにらみながら怒鳴った。

「でも、煙草は親父さんの匂いなんだろう?

 嫌いな匂いじゃないんだろう?」

チュンサンは、ユジンの顔をじっと見つめている。


「それは…そうだけど…。

 でも、あなたには吸って欲しくはないわ。」


「どうして?」


「どうして…って…。」


ユジンの困った表情を楽しむように、チュンサンがたずねた。

「親父さんには、吸わないでくれと言ったのかい?」


「もちろん言ったわよ。」


「親父さんは、止めた?」


「………。」

ユジンが黙ると、チュンサンはまた小さく笑った。

そして、手にした煙草に火を点けようとした。


「でもね、パパはね…」

ユジンは言った。


「パパは、決してママの前では煙草を吸わなかったわ。

 ママが悲しむのを知ってたからよ。


 パパは…ママを愛していたから…

 優しい人だったから…

 
 愛する人を悲しませるようなことはしたくなかったんだと思うの。


 だから… 」


「…だから?」

チュンサンが聞き返した。


ユジンは、チュンサンの目を見つめて言った。

「あなたには、吸ってほしくないわ。」


「………。」

チュンサンは、黙って足元に視線を落とした。

焼却炉の口から、ちろちろと火が燃えさかっている。

枯れ葉の燃える香ばしい匂いが、薄い煙と一緒にふたりを包んでいた。


『カサッ…』


チュンサンは手にした煙草をその火の中に投げ入れた。

そして、ポケットの中に残った煙草の箱も続けて投げ入れた。

燃え移った火に、白い煙が上がり始めた。


「ユジン…。

 ほら… 親父さんの匂いがするぜ…。」

チュンサンは、ぶっきらぼうに言った。


「…チュンサン…」

ユジンは、火のそばに寄ってしゃがんだ。


「本当…。

 パパの匂い…。」

ユジンは、笑顔でチュンサンの方に振り返った。

チュンサンは、素知らぬ顔で遠くの空を見ている。


「ちゃんと身体を暖めて… 風邪などひかないように。

 俺一人で掃除しなきゃいけなくなるからな…。」

チュンサンがつぶやいた。


「うん…。

 …あったかい…。」

ユジンは身体だけでなく、暖まっていくものを感じていた。

「チュンサンも手を温めなさいよ。

 寒いでしょう?」

ユジンが声をかけると、

「…俺…  別に寒くなんかないよ…。」

そう言ったきり、チュンサンは背中を向けたまま振り返らなかった。


そのチュンサンの影が延びる向こうに…

美しい夕映えが、ゆっくりと校舎の壁を染めていった。


                             -了-


あとがき

これは、昨日のあきこさんからのリクエストに応えたもの。
久しぶりに、高校時代のふたりを書いてみました。

実は、昨日から風邪気味。
熱はありませんが、咳が時々出ます。
その風邪をネタにしてみようかな…と考えてたらこのストーリーになりました。
 


 コメント一覧 (6)

    • 1. カンちゃん
    • 2007年10月22日 23:38
    • 本当に寒くなりましたね~風邪大丈夫ですか?とゆう私も風邪です。どうゆう訳か春先の花粉症のようにクシャミと鼻水が・・・ティシュをお供に熱っぽくてでも働く主婦です。久しぶりのチュンサンとユジンをありがとうございます。やっぱり【冬ソナ】ですねこの二人を見ていると和みますね。ユジンの言うことは素直に聞くチュンサンお互いの心の中に住み続けるんでしょうね。
    • 2. あきこ
    • 2007年10月23日 08:03
    • おはようございます。さっそく、リクエストに答えて下さってありがとうございます。二人が、ミニョンとユジンとして同じような仕事を通じて再会したことが、偶然じゃなく、この1ヶ月にキーポイントがあったのかなと、思っています。 この度は本当にありがとうございました。高校生のチュンサンとユジンに合えて幸せです。
    • 3. poppo
    • 2007年10月23日 10:26
    • 内緒さん、ありがとうございます。
      今日は仕事を休みました。
      病院へ行く予定。
      職場の人にも風邪が流行りだしていて、ずいぶん治りにくいようです。
      僕が治さないと、さらに別の人にうつしてしまいますから。
      大切な人のために自分ができること…。
      それをご主人にも考えていただけるといいですね。
    • 4. poppo
    • 2007年10月23日 10:30
    • カンちゃんさん、お久しぶりです。
      働くのも大切ですが、くれぐれもご無理はなさらぬよう。
      僕もかなり用心していたのですが、通勤電車の密閉車内では、こちらがマスクをしないとうつされてしまいますね。
      サンヒョクが煙草を吸って、それを寂しげに見つめるユジン…のシーンも思い出していただきたく思います。
    • 5. poppo
    • 2007年10月23日 10:36
    • あきこさん、ご希望に沿えるストーリーではなかったかもしれませんね。
      あまりドラマティックにすると、本編の雰囲気を壊してしまうので、こんなありきたりのストーリーにしました。
      「高校時代の思い出はあまり多くはない」とミニョンに語ったユジン。
      ですから、ごく日常的なとりとめのないストーリーしかこの時期では書けないのです。
      もっといろいろ知りたかった…その思いはユジンの中にこそ強く残っていたでしょうね。
    • 6. Poppo
    • 2019年07月01日 21:56
    • こういう作品をまた書きたいなぁ…。

      お互いの気持ちをそれとなく感じながら、ふたりだけの時間を積み重ねていく…。

      それが一番大切な宝物となって残っていく。

      生まれてきたことへの感謝。

      生きていくことに対する喜び。

      そして人を愛し、愛されることの幸せを噛みしめながら…。

      毎日のように悲しい人々のニュースを目にしていると、この世界に生きていることが虚しく感じる時があります。

      ふたりで夕焼けを眺めていた時間が、どれほど素敵な時間だったか…
      自分の10代の頃を思い出しながら、久しぶりにギターを少し弾いてみたりしました。



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