連作『バラ園にて』第7話
~渡れなかった道~
ヨングクによる祝辞紹介の後は、しばしのフリータイムになった。
人々は、それぞれ思い思いの料理や飲み物を手に、歓談の輪を作っていた。
ほっとした空気が、バラの香りとともに会場にながれていく…。
サンヒョクはそっとチェリンにささやいた。
「チェリン…。
こうしてみんなを見ていると、なんだか妙におかしくて、笑ってしまいそうになるんだけど…。
それって、僕がおかしいのかな…?」
サンヒョクの言葉に、チェリンはクスッと笑った。
そして同じように小声で答えた。
「あなたもなの?
実は私もそうなの。
なぜかしら…。 こうしてお祝いを言われているのが不思議で… おかしいのよ。」
チェリンは婚約披露会場の人々を眺め回した。
誰もが明るい笑顔で語り合っている。
「見てごらんよ、あいつら…。
まるで自分のことのように、幸せそうな顔をしてるじゃないか…。」
サンヒョクは、チュンサンやヨングクたちの方を眺めて微笑んでいる。
「僕たちの婚約が、よっぽどうれしいみたいだぜ。
なんだか悔しくならないか?
まるで、あいつらを喜ばせるために僕たち… ここにいるような気がするよ。
…あ、ありがとう…。
はい、チェリン…。」
サンヒョクは、注がれたシャンパンのグラスをチェリンに手渡しながら言った。
「そうね。そう言われれば、そんな気もしてくるわね…。
きっと、私たちがいつまでも不幸な顔をしているのが嫌だったんじゃない?
どうせなら、もう少し婚約を先延ばしにしておけばよかったかしら?
あの人たちを、もっとヤキモキさせられたかもしれないわよ。」
チェリンはグラスに少し口をつけながら言った。
「おいおい…。それだけは勘弁してくれよ…。
君にまで先延ばしされちゃったら、僕… みんなになんて言われるか…。
ただでさえ、先輩たちに言われてるんだからね…。」
サンヒョクが慌てて言った。
「…え? なにか言われてるの?
あなたのこと… なんだって?」
チェリンが尋ねると、サンヒョクは顔をしかめた。
「いや… その… つまり…
うん… 『婚約通知名人』…って…。
……。」
チェリンはサンヒョクの顔を見た。
その顔は、苦虫を噛みつぶしたように歪んでいる。
「……!」
チェリンは、思わず吹き出した。
手にしたグラスからシャンパンがこぼれるほどだった。
「おい、大丈夫か?
チェリン?」
サンヒョクが慌ててハンカチを取り出し、チェリンの手をぬぐった。
「あ、ありがとう…。 大丈夫よ… ええ、大丈夫だって。
あんまりおかしくって…。
言われてみれば、あなた… 確かに『名人』だもの。
いったい今までに何回招待状を出したのよ?」
チェリンは口元を拭きながら笑っている。
「君までそんなことを…。
勘弁してくれよ…。僕にとっては笑い事じゃないんだから…。
…あ、いえ、大丈夫です。お気遣いなく…。
なんでもありませんから。
ほら… みんなが見てるじゃないか…。
ちぇっ! なんか格好よくないなぁ…。」
サンヒョクは、濡れた袖口を気にしながら言った。
*
チェリンは、そんなサンヒョクを見ながらあの日のことを思い出した。
あの日…。
ミニョンが事故に遭い入院していたあの頃…。
彼がチュンサンだったことを知り…
ユジンの彼への深い愛を知って…
越えられない何かを感じていたあの日…。
自分の居場所を失ったことに、ようやく気づいていた…。
ひとり酒場で飲み荒れる自分を、静かにたしなめたこの人…。
今から思えば、彼も同じように哀しい思いを抱えていたはずなのに…。
(私は、ただ駄々っ子のように泣いて叫ぶだけだった…。)
その自分を、この人は黙って見つめていた。
何も言わず… ただ… そばにいてくれた…。
彼も… 私と同じ…。
サンヒョクといつものように小さなレストランで食事を一緒にした夜…。
『そろそろ僕たちのことも考えていい頃じゃないか?』と言われたチェリンは、静かに店を出た。
そのまま、黙って通りを歩いた。
不審がるサンヒョクを伴って、チェリンが向かった場所…。
あの日… 泣き崩れた交差点の中央分離帯だった。
「サンヒョク…。
ここ… 覚えてる?」
チェリンが尋ねると、サンヒョクは小さく微笑んだ。
「ああ。もちろん… 覚えてるさ。
君と… あの日…。
でも、なぜここへ?」
その問いには答えずに、チェリンは言った。
「人って…
同じ道を歩いているつもりでも、どこかで渡れない交差点みたいなものがあるのね…。
自分だけが取り残されてしまうような… そんな時があるのよ。
私ね…
ミニョンさんとは結局同じ道を歩けなかったわ…。
彼は、別の道を歩いていたのね…。
私だけ… ここで…
もう、この先へは歩けないんだって… そう思ったの…。
でもね…
この場所で… 隣にいるあなたに気づいたわ…。
あなたに… ここで出会ったの…。
この場所が… 新しい道の始まりだったのよ…。」
チェリンの頬に、一筋涙がつたっていた。
「チェリン…。」
サンヒョクは、その頬の涙をそっと手でぬぐった。
そして、ポケットから静かに指輪を取り出して言った。
「…チェリン…。
僕も、あの日…
ここで、君と出会ったことを忘れてはいないよ…。
僕も… 新しい道を見つけたんだ。
さあ… 手を出して…。」
チェリンはゆっくりとその左手を差し出した。
サンヒョクは、その手を優しく握った。
そして、静かにその薬指に指輪を通した。
「チェリン…。
僕と、結婚してくれる…?」
「………!」
チェリンの瞳から、また涙が溢れた。
それを両手で包むように、サンヒョクが身体を寄せた。
ふたりの唇が、ゆっくりと重なった。
クラクションの音さえ、今は祝福の鐘の音のように響いている。
ヘッドライトの煌めきの中で、ふたりはいつまでも抱き合っていた…。
*
「…まだ笑ってるのかい?
いい加減にしてくれよ…。」
サンヒョクの愚痴めいた声で、チェリンは我にかえった。
「そんなに人を笑いものにしなくったっていいだろう…?
本当に、何だか悔しいなぁ…。」
よっぽどサンヒョクは、閉口しているらしい。
「言わせておけばいいじゃない…。
そんなことを気にするなんて、あなたらしくもないわ。
そうね…
いっそのこと、別の『名人』になってみたら?」
チェリンがまた小声で言った。
「…ん? …なんだって?
なんの名人だい?」
首をかしげるサンヒョクに、チェリンはそっと耳元でささやいた。
「…『出産通知名人』はいかが…?
それなら何回でも文句は言われないでしょう?」
「………!!」
思わず顔を赤らめるサンヒョクを横目に、チェリンは静かにシャンパンを飲み干した。
-了-
あとがき
これは連作『バラ園にて』のために書いたもの。
チェリンとサンヒョクの婚約披露パーティーという設定です。
チェリンとサンヒョクの婚約披露パーティーという設定です。
このふたりにも、ぜひ幸せになってもらいたい…。
そんな願いを込めて、書き上げました。
そんな願いを込めて、書き上げました。
この場所は、正確に言えば交差点ではないようです。
けれど彼らの運命が交差した場所…という意味ならそれでいいだろうと思いました。
コメント一覧 (12)
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- 2007年07月10日 18:36
- 良かったです私も二人に、ミニョンみたいに幸せになって欲しい
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- 2007年07月10日 19:17
- 帰宅して、すぐにPCに飛びつきました。ありがとうございますm(_ _)m
この連作のテーマは、チェリンとサンヒョクの婚約披露パーティー…それなのに、二人の描写は、ほんのちょっとしか…(>_<)それを埋めてくださる、すばらしいストーリーだと思います。
馴れ初め…などという言葉では語り尽くせない…二人の心の繋がりが描かれていて……さすが、poppoさん…脱帽です。バラ園に集まったみんなに披露するようなことではないかもしれませんが、私たち連作読者が知った…それだけで、価値があると思います。
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- 2007年07月10日 22:04
- Poppoさん お待ちしておりました♪
ありがとうございます。
サンヒョクとチェリンの「馴れ初め」は こうだったんですね。
この交差点・・・そうですね。。そうだったんですね。
早く「通達名人」が 活躍するといいですね。
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- 2007年07月10日 23:41
- seikoちゃんちから跳んできました。
そうだね、この交差点が出会いだったね。。。冬ソナ続編って感じでほんと楽しいわ。
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- 2007年07月11日 08:36
- 私、実は、今まで、自分の気持ちとしては、サンヒョクとチェリンがカップルになるのってあまり考えられなかったんです。
私の場合、あの横断歩道の場面でサンヒョクが泣き崩れるチェリンを抱きしめていたなら、二人の関係は友達から変化したんじゃないかって。
でも、Poppoさまの「冬のコンチェルト」そして、この~渡れなかった道~を読んで、サンヒョクとチェリンが結ばれることが自然に考えられるようになりました。
本当に…ありがとうございました。
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- 2007年07月11日 10:52
- Poppoさんこんにちは。
14話でのチェリンを思うと本当に胸が痛みます。
ミニョンさんを愛しているのに彼の心の中には自分の居場所が無くて、サンヒョクもユジンの心の中に自分の居場所が無い事がわかっていたから、だからチェリンの気持ちがすごく解ってつらかったと思います。
だからあのとき、道路の真ん中で泣いてるチェリンを放っておくことが出来なかったんでしょうね。
この時2人の絆が深まったように思います。
その場所でのプロポーズ・・・感激しました。
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- 2007年07月11日 20:50
- Poppoさん、ご参加ありがとうございます。
私もサンヒョクとチェリンの婚約パーティーの通知を子狸さんに頂いた時、一番最初にこのシーンを思い浮かべました。
でも私の未熟な筆ではそれを題材に書くことは出来ませんでした。
2人が辛かった初恋を良い意味で完全に乗り越えているんだなと思いました。
文字にしてくださってありがとうございます。
実はもう一つ2人のシーンで好きなところ・・・倒れたチュンサンが入院した病院で、サンヒョクがチェリンに「2人が兄妹だった」と告白するシーン。
いろいろ妄想しましたが、やっぱり無理・・・。
ここは婚約式で思い出すには不似合いですね。
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- 2007年07月12日 23:06
- みなさん、ありがとうございます。
今回の連作のテーマにふさわしいとは、あまり思ってもいないのですが、僕らしい作品になったかな、と思っています。
この後も続くみなさんの作品を楽しみにしています。
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- 2007年07月13日 02:34
- ネットは世界中に繋がっているものね。フランスからでも発信できますね(笑)うふふ。ありがとうございます。
>『私たちがいつまでも不幸な顔をしているのが嫌だったんじゃない?』→ここ、いいです。きっとチェリンは穏やかな余裕のあるいい顔してたと思います。ミニョンを愛していた頃のチェリンにはない優しい顔でしょうね。
二人の辿った辛かった運命も新しい道を見つける為の代償だったのかしら?
これを読んで、チェリンとサンヒョクも幸せになれると安心しました。 もう、大丈夫ですね
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- 2007年07月14日 10:32
- うさこさん、ありがとうございます。
そのセリフの場面のチェリンの表情が目に浮かんでくれたなら、それだけで充分。
僕も安心できました。
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- 2007年10月14日 02:20
- 久しぶりに読み返して、少し書き直しました。
この連作はまだ終わっていません。
もう一作くらい参加したい気持ちはあります。
今も思案中。
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- 2007年10月14日 09:12
- poppoさん、思案中とのこと…とてもうれしい♪
ありがとうございます。
言い出しっぺの子狸しっかりしていないので、佳境に差し掛かっているのに、なかなか完結しない…それは自覚しているのですけれど…。