「禁煙」





外は秋の雨…。

少し開けた窓から入る風は、薄手の襟元には肌寒いくらいだ。

きっと街路樹たちは紅葉が始まっているに違いない…。


僕はベランダに出てみた。

小さな雨粒が、頬を打って流れていく…。


見えない空から… まるで彼女の涙のように…。



僕は、ポケットから煙草を取り出し火をつけた。

湿った煙が胸にひろがっていく…。



『煙草は、あまりおすすめできませんね。

 まだ、僅かに腫瘍が残っておられるのですから…

 できれば、この際おやめになられては?』

ドクターの言葉を思い出した。


こうして視力を失ってみると、その忠告を聞いておけばよかったかな、とも思う。

しかし…


虚しい心を抱えた僕には、この一服の時間を失うことができなかった。



本数だけは減らしてみた。

いや…

減ってしまったというのが正しいかもしれない。


火をつけることすら、易しいことではなくなったから…。


吸い終えた煙草の火を消すのも難しかった。

ちゃんと消したつもりでも、燃え残りの煙があがることもあった。

焦がしたランチョン・マット…。

確かめる際にやけどした指先…。


やはり、僕にはもう…。



二本目の煙草に火をつけた。


『この匂いだったのね…』


遠い日の彼女の言葉が思い出された。


『パパの匂い…』


彼女は、そう言って懐かしそうな顔をしていた…。


あの時…

僕も、父を思っていた。


僕も、父の影を求めて煙草を吸い始めていたから…。


懐かしい高校生の頃…。


あれから10年以上経ったのに…

今も、消えることのない記憶…。



そういえば、僕が記憶を失っていた頃…。

大学の仲間に誘われて、初めて煙草を口にした時。


初めてのはずなのに…

なぜか懐かしい味を… 香りを感じていた。


煙にむせもせず、ぼんやり吸っている僕に仲間は言ったっけ…。


『なんだ… お前、初めてじゃないんだろう?』


僕は『初めてだよ』と笑ったけれど… 違ったんだな…。

高校の時から…


高校生の時が… 初めて…


初めて…


………。





でも… もう…  すべてを忘れなければいけない…。

思い出は、美しいままで…。




僕は、3本目の煙草を取り出した。

そして、残りを箱ごと握り潰した。


これを… 最後の一本にしよう…。


もう… 火は見えないのだから…。


心に残った灯があるから…。

それだけをあたためていこう…。



深く吸った煙…。

なぜか激しくむせ込んだ。

切なく… 苦しい胸…。


…ユジン…。

捨て去ることのできない… 思い…。


雨が、また頬を濡らして流れ落ちた。



                      -了-


あとがき

昨日亡くなった石立鉄男さんを思って…。
彼は、ヘビースモーカーだったらしいです。

お酒は控えていたようですが、心臓が良くなかったとか。


チュンサンの禁煙…。

『冬の挿話 59』や『冬ソナで食べたい!最終話』を読まれた方ならわかりやすいかな…。


 コメント一覧 (6)

    • 1. 子 狸
    • 2007年06月02日 15:06
    • 父親の面影を追い求めながら、煙草を吸ってみる高校生のチュンサン。焼却場の掃除をしながら、「落ち葉を焼くにおい=煙草のにおいが、パパのにおい」というユジンの話を聞くチュンサン…。私に父は吸いません(祖父はヘビースモーカーでしたけど)が煙草って、大人の男性…父親を象徴するアイテムなのでしょうね。
      それにしても、なかなか止められないモノのようですね。連れ合いも結婚前に止めたばずが、ある転勤を気に復活してしまいました。本人の言い分…「3年ほど休んでいただけだ…」…ふ~ん、負け惜しみでしょ!
      最近は喫煙族にとっては住みにくい世の中です。健康(本人はもちろん、私の)のためにも、火事防止のためにも、止めて欲しいですね。
    • 2. **seiko**
    • 2007年06月02日 22:27
    • 高校生のチュンサンが煙草を吸うシーン 初めて観たときはドキっとしました。「あっ!日本の高校生と同じだわ」と思いながら観ていました。目が見えなくなったチュンサンは、煙草の火を消すのも一苦労…。切ないですね。
      煙草は ヨンジュンssiも吸っていますよね。ブログ仲間が、「ヨンジュンssi健康のために煙草止めてほしいな。」と言っていました。
      ヨンジュンssiもヘビースモーカーらしいのですが、私もヨンジュンssiの煙草止めてほしいですね。。
    • 3. 冬ソナonlyyou
    • 2007年06月02日 22:38
    • 夫は心臓が悪く、若くして煙草を止めました。そして生涯2度目の心臓手術を3週間前に行いました。手術室からICUに帰ってきた夫を見て、二人の息子は泣きました。そして二人共煙草を止めました。
      ミヒがチュンサンに言った言葉「父親をあげたかった…」。
      父親がいたらチュンサンは父親の為に泣いただろうか。父親のいたミニョンはその人の為に泣く事が出来たのだろうか。「亡くなった人の為には忘れてあげるのが一番」と言い放ったミニョンをも思いつつ、今日も読ませて頂きました。(poppoさんの記事と関連がなくてすみません)
    • 4. poppo
    • 2007年06月02日 22:48
    • 子狸さん、先日何かで見ましたが、煙草がもし800円にまでなったら、ほとんどの方がやめるというアンケート結果があるそうです。
      僕は、お酒の方が怖いんですけどね…。
      交通事故を始め、悲惨な事件が多いですから。
    • 5. poppo
    • 2007年06月02日 22:52
    • seikoさん、ヨンジュンssiが煙草をやめたら…困る女性も多いのではないでしょうか?
      彼が、もし煙草もお酒もやめて、それこそ聖人君子のようになったら…みなさん、近づきがたくなるのでは?
      そんなことを思ったら、なんだか彼の煙草もメガネと同じように、トレードマークのような気がしてきました。
    • 6. poppo
    • 2007年06月02日 22:56
    • 冬ソナonlyyouさん、お久しぶりです。
      大変な時期をお過ごしだったのですね…。
      ご苦労もあったことでしょう。
      ご心労も多かったことでしょう。
      手術はうまくいったのでしょうか…。
      一日も早い回復を願ってやみません。
      息子さんたちの涙…。
      最高のお薬になりますように…。

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