「最後の宴」





「ユジン…。

 寝る前に、どうだい…?」


「…え…?

 …それを?


 …チュンサン…

 そんなもの… いつの間に買ったの?」


僕が懐から取り出したワインの小瓶を見て、ユジンが言った。



「たまには君もいいだろう?


 …ふたりだけでお酒を飲んだこと… なかったろう?」


僕の作り笑いにユジンは気づかない…。


「そうだったっけ…?


 …あ…


 一度だけ… あったんじゃない…?



 私…

 酔って、ホテルのあなたの部屋に連れていかれたもの…。」


ユジンは、恥ずかしそうに言った。


「ああ… そんなこともあったね…。


 でも、あの時は先輩たちも一緒だっただろ?

 君… 意外と飲めたじゃないか…。


 すぐに寝ちゃったけど…。」


そうなのだ…。

ユジンは、お酒が入るとすぐに眠ってしまう…。


それが、僕の密かな企み…。


「…飲んでもいいけど…

 あまり強いお酒はだめよ。


 これ… 大丈夫なの?」


ユジンはワインの瓶を手にして、ラベルの文字を読んでいた。


「大丈夫。

 おいしいワインだよ。


 ふたりだけで… お祝いをしよう…。


 初めての…


 ふたりだけの初めての宴…かな…?」



「…!

 お祝いなのね?


 それなら… 飲んじゃおうかな…。


 そうね… あなたと初めての…宴…。」


ユジンのうれしそうな笑顔…。


僕も笑顔を返した。


僕たちの… 始めての宴…。


そして…  最後の宴…。




「さあ… このグラスを持って…。」


「…これがグラス?

 なんだかおかしいわね!」


あいにくこの部屋にはガラスのコップしか置いてなかった。


「贅沢言わないの。

 さあ、ちゃんと持って。」


僕は、ユジンのコップにワインをついだ。


「チュンサンもね。

 私がついであげる。」


ユジンが、僕にもコップを持たせて、そこにワインを注いだ。



「…じゃあ… 乾杯しましょう!


 そうね…


 チュンサン…


 ふたりの未来が… 明るく幸せになれますように…。」



僕も、言った。


「ユジン…。

 君の…  


 これからの未来が… 明るく幸せなものになるように…


 乾杯…。」


僕たちは、互いのコップを軽く当てた。


ユジンは、うれしそうに笑った。

そして、急に神妙な顔をして、そのワインを一息に飲み干した。


僕も、静かに飲んだ。


「…う~ん…。

 おいしい…!  と、言いたいところだけど…。


 やっぱり、私には強いかも…。


 ふ~っ!


 でも、なんだかうれしいな…。」


ユジンの笑顔が…  僕には切なかった。



「ユジン…。

 今日は楽しかったね…。


 海辺の散歩も…。


 市場の買い物も…。


 初めてのケンカも…。」


僕の言葉に、ユジンもうなずいた。


「ええ、楽しかったわね…。


 チュンサン…

 明日も楽しいこと、しようね…。


 明日も…


 あさっても…


 その次の日も…  ずっとその次も…


 …う~ん…


 チュンサン…


 私…

 なんだか眠くなっちゃった…。」


ユジンが小さくあくびをした。


「きっと疲れたんだよ…。

 今日もたくさん歩いたからね…。


 さあ… こっちに布団を敷いてあげるから…



 ユジン…  ほら…


 おや… もう眠ったのかい?


 しかたないな…  よっ!  …と。


 相変わらず…重いな…   痛っ!



 なんだ、まだ起きてるのか。

 ずるいやつだな!」


…ずるいのは… 僕。

こんなに無邪気な君を…。



布団に寝かせると、ユジンはすぐに小さな寝息を立て始めた。


僕は、その寝顔をずっと見守り続けた。


これが… 最後になるのだと…。




初めて会った時から…


今も… この思いは変わらない…。



僕が、生まれて初めて愛した人…。

心から愛しいと思う人…。


10年も… 僕を待っていてくれた人…。


それが…


僕の… 実の妹…。



…ユジン…。


…ごめん…。



僕は、その頬に、最後のKISSをした。


彼女に詫びるとともに、その幸せを祈りながら…。




外に出た僕は、すべてを海に捨てた。


幸せなふたりの姿を映したカメラも…


未来を誓ったコインも…



あのポラリスも…




僕は、何も知らずに眠ったままのユジンを、呼び出したサンヒョクに託し、サムチョクの海をあとにした。

 
                             -了-


あとがき

本編第18話から。
『冬の挿話 39』と『冬の挿話 12』の間を描いたストーリーです。
挿話の挿話…。

淡々と書いただけの作品で、つまらないかもしれません。
それで、ボツにしていました。