「同類」




校門を抜けると、急に冷たい風が吹いてきた。

通りを歩く人々も、みな一様にコートの襟を立て、足を速めていく。

このぶんだと、今夜あたりは雪になるかもしれない…。

午後の授業を終えたチュンサンは、すぐに家に帰る気にもなれずに、街の方へと足を向けた。


春に入学した科学高校の授業には、すでに飽きていた。

教師たちが教える事柄は、ひとり教科書やその他の本で読み知ったことばかり…。

授業には、彼の好奇心をかきたてるものがなかった。

教師の話に想像力を刺激されることもなかった。


(…まったく… 学校なんて、つまらないところだな…)


チュンサンは、手にした鞄の中からタバコを取り出すと、川沿いの道を降りていった。


橋の下に着くと、チュンサンはタバコの一本に火を着けた。

(………。)

最近覚えた味…。

無力感と寂寥感をただゆるやかに包んでくれる煙…。

チュンサンは、遠くの空に浮かぶちぎれ雲をぼんやりと眺めながら、深く息を吐いた。




その時…。

「クゥ~ン…」

足元のがらくたの中から、小さな鳴き声が聞こえた。

(……?)

しゃがみこんでみると、そこには小さな子犬が一匹うずくまっていた。

まだ生まれてそれほど経っていないだろう…。

片手に乗りそうな程、小さくはかなげな子犬だった。

シーズーとかいう種類の犬だろうか…。

もしかしたら雑種なのかもしれない。

この寒さの中で、ぶるぶる震えながら、チュンサンの顔を見上げていた。


「…お前… 捨てられたのか…?」

チュンサンは、その子犬を抱き上げると、くわえタバコのまま話しかけた。

新聞紙を入れた段ボール箱の中に、子犬はうずくまっていたのだ。

軽いその身体には、柔らかな綿毛が生えてはいたが、寒さに負けているようだった。

「クゥ~ン…」

また子犬が鳴いた。


「…! おっと悪かったな…。

 煙たかったんだろう?」

チュンサンは子犬を段ボール箱に戻すと、くわえたタバコを踏み消した。


「…しかし… 可哀想なことをするなぁ…」

事情があるのだろうが、この小さな命を捨てた人間がいるのは間違いないことなのだ。


「…お前… 腹が減ってるだろう…?」

チュンサンは、そう言って子犬の頭をなでた。

子犬は、そのチュンサンの手をなめながら小さなしっぽを振った。


「………。」


チュンサンは、子犬の頭をなで続けた。


そして、やがてゆっくりと立ち上がった。

その胸には、子犬が抱かれていた。



          *


「…チュンサン…! どうするのよ… そんな犬なんか拾ってきたりして…。」


風呂場で子犬の身体を洗った後、温めたミルクを与えていたチュンサンの部屋に、ミヒが入ってきて言った。

香りに敏感な母だから、すぐにバレてしまうのはわかっていた。


「…こいつ… 僕が育てます…。」

チュンサンは、ミヒの方には顔を向けずに言った。


「育てるって… あなたは学校だってあるんだし、そんな簡単なことじゃないわよ。

 生き物を飼うってことは、本当に大変なの。

 一時の感情で飼ったりするものじゃないわよ。」

ミヒは、厳しい口調で言った。


「犬が欲しいなら、言えばよかったのに…。

 ちゃんとしたペットショップで血統書もついたのを買ってあげたわよ…。

 何も… そんな拾ってきた犬を… 」

ミヒの言葉に、チュンサンは思わず振り返った。


「捨てられた犬はいけないんですか?!

 こいつに何か悪いところがあるんですか?!


 血統書…?


 親が誰かなんて…


 知らないやつだって、この世にはいるんですよ!



 一時の感情? だからどうだって言うんです?!」



「……!  ………。」

チュンサンの剣幕に、ミヒは黙った。


「…勝手に…するといいわ…。」


そう言うと、ミヒは部屋を出て行った。

その背中が震えていたことに、チュンサンは気づかなかった。



          *



それから…。

チュンサンは、学校が終わると一目散に家に帰った。

子犬… あの子犬には『焼き芋』という名前をつけていた。

拾った最初の晩、チュンサンが試しに与えた焼き芋を、喜んで食べたからだ。


「…おい! 帰ったぞ! 焼き芋っ!!」

チュンサンの声を聞くと、『焼き芋』は部屋の中でうれしそうに吠えた。

部屋に入ったチュンサンが抱き上げると、その顔をペロペロなめ回して身体を揺すっていた。


「さあ、行くぞ!」


日課になった散歩…。

紐を首につけると、チュンサンと『焼き芋』は、近くの公園まで出かけるのだった。

そこには、同じように散歩にくる犬たちがいた。

『焼き芋』は、彼ら先輩たちの回りを走りながら、楽しそうな声で吠えていた。



「さあ… そろそろ帰ろうか…。」

チュンサンは『焼き芋』に声をかけた。

軽く手をたたくと、いつも『焼き芋』はまっしぐらに駆けてくるのだ。


…が、今日はどうしたことか、『焼き芋』は遊びに夢中になっている。

他の犬たちと追いかけっこをしているように走り回っていた。


「おいおい… ご飯の時間だぜ…。」

チュンサンは、苦笑いをしながら、『焼き芋』に近づいた。


『焼き芋』は、チュンサンに気づいて、逃げるように駆けていった。


…そして、そのまま公園の外へ…。



「…あっ!!」



…タイヤの悲鳴…。


…たとえようのない音…。


…人々の目…。




「…焼き芋っ!!」



          *





その夜…。


チュンサンは、ひとりで庭に『焼き芋』の骸を埋めた。

その上に、雪が降り始めていた。


チュンサンの肩に…

髪に…


瞳の中に…


雪は降り続けた。




チュンサンは、その日からひと月… 誰とも口をきこうとはしなかった。



                              -了-



あとがき

先日、あるニュースを見て… 急に書きたくなってしまいました。



「冬の挿話 25」とよく似た設定ですが、チュンサンの場合はこういう形になってしまいました。

僕も、同じ経験をしたことがあります。

今でも時々、思い出すことがあります。