「エスケイプ」







「ユジン…。あいつとどこに行ってたんだ…?」

父の法事を終えた後、サンヒョクが小さな声で尋ねた。

その表情は、重く沈んでいる。


「…どこって… 別に、特に…」

ユジンは、サンヒョクの視線を避けるようにうつむいたまま言った。

チュンサンと二人で湖に行ったことは、なぜか話したくはなかった。

話したところで、きっとサンヒョクには不愉快なことだろう。


「…サンヒョク…。

 チュンサンもね… 私と同じなの。

 あいつにも、お父さんがいないのよ…。」

ユジンは、さりげなく言った。

『あいつ』と呼ぶことで、サンヒョクの気持ちを気遣ったつもりであった。


「…そうか…。」

サンヒョクは、ユジンの横顔を見た。


(そんな話までするほど…)

急に、ユジンが遠くなったような気がした。


自分のように、両親が揃っている者にはわからない何かが、あいつとユジンにはあるのかもしれない…。

(…僕じゃだめなのか…?)


サンヒョクは、初めて不安感を覚えた。


ユジンと…    チュンサン…。




「とにかく、補習のプリントだけはやっておけよ。」

(パク先生が、本当に怒っていたから…)

しかし、そのことは言わなかった。


なぜか…。


サンヒョクは、胸の中にくすぶるものを抱きながら、帰路についた。




          *



ようやくプリントを仕上げたユジンは、大きく背伸びをした。

時計を見ると、0時を回ろうとしている。


(…! いけない! 早く寝ないとまた寝坊しちゃう!)

ユジンは寝間着に着替えると、顔を洗いに行った。


静かな家の中…。

すでに母もヒジンも眠ってしまったようだ。


ふと、父の遺影が目にとまった。

父の目が、じっと自分を見ているような気がした。


(…パパ… ごめんね。

 法事の日を忘れてたと怒ってるんでしょう?


 …え?  違う?


 …あ。



 …やだ…。



 …パパったら…  嫉妬してるの…?



 …あいつのこと…



 …大丈夫。



 …私… 今もパパが大好きよ。



 …ずっと… ずっと…


 …誰よりも、一番パパのことを愛しているわ…。



 …だから、今日のことは許してね!



 …パパ…  おやすみなさい…。)


ユジンは、小さく微笑むと、自分の部屋に入った。



布団の中…。


今日一日のことが、また頭に浮かんでくる…。


(…パパの法事を忘れるなんて…。


 …私ったら…。



 …誰よりも大好きなパパなのに…。




 ………。



 …誰…よりも…  …?



 ………!



 …!!!!)




ユジンは、布団の中でひとり顔を赤らめた。



                         -了-



あとがき

これもボツにしてあった作品です。
もう1年ほど前に書いたものですが。

連日のお客様のために、短い作品ですがアップしておこうかと。


このエスケープ事件は、サンヒョクにとって大きな壁を感じた最初かもしれませんね。