「チング」



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「…え?

 あの子… 帰ってくるの?

 いつ?

 …ああ… 来月ね…


 …それで… 私に何を?」

チェリンは少し首をかしげながら笑っている。

その目はどこを見ているのか、わからなかった。


「…うん…。

 …ヨングクと相談したんだけど…


 歓迎会をしてあげようと思って…


 いえ、そんな大げさなものじゃないの。

 うちでみんなでご飯でも…って…。


 それで…。」



「…それで… 私にも誘いを?

 そうなんでしょう?」

チェリンは口元に笑みを浮かべたまま言った。


「…うん…。

 …あなた… 大丈夫?」

チンスクは小さな声で聞いた。


「…大丈夫…って… 何が?

 私が、まだあの子のことをいろいろ思ってるのか、とでも言いたいの?


 …お生憎様。

 私… 仕事が忙しくてそんな昔の事をとやかく考えてる暇なんてないわ。」

チェリンはぶっきらぼうに答えた。


「じゃあ…?」


「…心配いらないわ。

 私も行くわよ。


 ユジンも… 私の『友達』なのよ。

 せっかく帰ってくるんだから、それくらいしてあげなきゃね。


 フランスで、少しは垢抜けたかしら? あの子…。」

チェリンは遠くを見つめるような表情で言った。


「…チェリン…

 …ありがとう…。」

チンスクがうるんだ目で言った。


「…ん?

 …なんであなたからお礼を言われなきゃいけないの?

 当たり前のことでしょう?


 …私よりも、サンヒョクの方はどうなの?」


「…ええ…。

 彼も参加してくれるって…。

 ヨングクがそう言ってたわ。」


チェリンは満足そうな笑みを浮かべた。

「そうよね…。

 サンヒョクも…。


 …用はそれだけ?」

チェリンの言葉に、チンスクはうなずいた。


「じゃあ、詳しいことが決まったらまた連絡して。

 もう行かなきゃいけないから。」


「ああ、そうだったわね。

 じゃあ、また…。」


「チヒョンによろしくね。

 ヨングクにも…。


 ああ、そうそう…

 あなた、また太ったわね?

 食べ過ぎと運動不足には注意してよ。

 うちの社員がそんなんじゃ、イメージが壊れるから…。

 いい?」


「わかったわよ!

 …もう!」

チンスクは口をとがらせてブティックを出た。

チェリンはそれを笑いながら見送った。


(…ユジン…。


 …もう…3年になるのね…。


 …あなた… 大丈夫…?)


チェリンは、鏡に映った自分の姿を眺めた。

(…私は… もう大丈夫よ…)


以前、その髪に付けられていた髪飾り…。

ミニョンからもらったその品は、もう使うこともなかった。




          *



「こんにちは。

 キム次長さんはいらっしゃいますか?」

ソウルのマルシアンの受付で、チェリンは案内を請うた。


「やあ、チェリンさんじゃないですか!

 お久しぶりですね。

 おや?

 ずいぶん雰囲気が変わりましたね?


 …さては…

 新しい恋人でも?」

キムは、大げさに驚いた振りをしながら言った。


「恋人?

 それは…秘密。


 …なんて… 正直、そんな暇もありませんよ。

 とにかく仕事が忙しくて…。」

チェリンは笑いながら言った。


「聞いてますよ。

 なんでも… 赤ちゃんの服も作ってるんですって?

 準備… できましたか?」


「またそう言ってからかうんだから…。

 相変わらずですね。

 まあ、お元気そうでなによりです。」

チェリンは、出された紅茶のカップを手にとって言った。


「あなたもお元気に見えますよ。

 よかった…。

 あなたみたいな美人の来客なら毎日でもいいんだけど…。

 こちらは毎日難しい人達との会議ばかりで…。


 おっと…

 そんなことより、今日は私に何かご用でも?」

キムは、大きく背伸びをしながら尋ねた。


「ええ。

 実は今度、うちのブティックを改装しようと思ってるんです。

 その工事をお宅にお願いしようかな…って。」


「そりゃあ、ありがたい!

 チェリンさんのお店なら、大歓迎ですよ。

 もっとも、あまり難しい注文ではお請けできかねますが…。


 …で、いつ頃ですか?」

キムは身を乗り出して聞いた。


「ええ… 夏頃を予定してますが… 詳しくは、また今度に…。


 それより、今日はもうひとつお話があるんです。」

チェリンは、飲み干したカップを置いてから言った。


「…ん?

 …私にですか?」

キムも、表情を改めた。


「ええ。

 ほかでもないのですが…


 来月… ユジンが帰ってくるんです。」

チェリンは、静かに言った。


「…ユジンさん?

 …あの… チョン・ユジンさんが?」

キムは目をしばたかせた。


「そう…。

 あの人が帰ってくるんです。


 あの人…

 昔から、どうもしっかりしてないところがあって…

 挨拶するのも下手なものだから…


 まあ、昔の『友達』のよしみで、こうして関係者の方にお知らせに伺ってるんです。


 私… 面倒だとは思ったのですが、次長さんにお伝えすれば、関係者の方にも伝わるんじゃないかと…。」

そう言って、チェリンは微笑んだ。


「…『関係者』…ね…。

 ………。」

キムも、何かを感じたようにうなずいた。


「…チェリンさん…

 あなたも不思議な人だな…。


 仕事関係でもないのに…。」

キムは、首を振りながら言った。


「そうですね…。

 …でも… 『友達』ですから…。


 …『友達』は、いつまでも…

 …何があっても、友達なんでしょうね…。」

チェリンは窓の外に視線を移しながら答えた。


「…『友達』ですか…。

 …いい響きですね…。


 …私も、『年下の友達』に会いたくなってきましたよ。」

キムは天井を見上げて言った。


「…会ったら…

 …よろしくお伝えください…。


 …『友達』は… 待っている…と。」

チェリンがつぶやいた。


「…わかりました。

 …確かに承りました。」


「お願いしますね…。


 …では、今日はこれで…。」


帰ろうとしたチェリンに向かって、キムが言った。


「…チェリンさん…

 …ありがとう…。


 …『関係者』の代わりに、お礼を申し上げます。」


「………。」

その言葉に、チェリンは背中を向けたまま振り返りもせず、ドアを開けて帰っていった。

キムはそれを、黙って見送った。

そして、大きなため息をついた後、また大きく伸びをした。


(…さて… 

 …どうしたものかな…)


そのまま、煙草を数本吹かしてから、キムは電話の受話器を取った。


「…  …  … 。

 …あ、ポラリスの事務所?

 チョンアさんはいらっしゃいますか?

 …ああ、私、マルシアンのキム・ヒョクスですが…」


保留中の音楽を聴きながら、キムは窓の外に目をやった。

明るい春の陽射しが、木々を優しく温め始めていた。




                           -了-



あとがき

ようやく書き上げました。
これもボツ原稿に埋もれていたものを手直ししながら書き足した作品です。
ドラマ本編や、これまで僕が書いた作品と若干矛盾する箇所があるのでボツにしていたものです。

これを「冬の残り火」の最終話にしたいと思います。

そして、これで僕の書く冬ソナサイドストーリーも終わりです。


このブログを訪れていただいた方々すべてに感謝を込めて書きたいと思っていました。
みなさんのお顔もお名前も存じ上げませんが、「冬ソナ」を愛する『友達』と思いたい…。
ですから、キーワードを『チング(友達)』にしました。


「冬の挿話」はチュンサンとユジンという主役を描いて最終話にしました。
「冬の残り火」は彼らではなく、脇役の人々を描いて終わりたいと考えていました。


これが最後だと思うと、感慨深い思いがします。


春も近いと感じるこの頃…。
感謝をこめて…。

ありがとうございました。


追記:
ありがたいお言葉をたくさんいただいて、お礼を考えているうちに、「冬の残り火」の執筆を延長することにしました。ネタ探しに苦労はしますが、少しずつでも書いてみたいと思います。




※Yahoo!blogから移行できなかったコメントを追加しました。

1
Poppoさん、こんばんは。チェリンの優しさが心にしみて、そしてじいやとばあやの最後の企みが運命の出会いを作ったのだと想像できて。しみじみとした優しさを感じました。ありがとうございました。これが最後? もう書かないということですか? そんなことおっしゃらずにまた書いてください。時々でもいいですから、お願いします。ここをオアシスにしている人がたくさんいますから。あ、そんなことはpoppoさんが一番ご存知ですよね。よろしくお願いします。
2007/2/24(土) 午後 8:10[ ルンルン ]

2
こんばんは。早速読ませていただきました。チンスク、ヨングク、サンヒョク、チェリン、キム次長、チョンアさん…主役の二人を支える人達…みんな優しい…みんなユジンとチュンサンを思っている…そのことを書いて下さったのですね。とても感激しています。ありがとうございます。 ☆これが最後の冬ソナサイドストーリー…ですか?私もルンルンさんと同じで、このお部屋をオアシスにしています。たま~にでもよろしいので、upしていただけませんか?お願いいたします。
2007/2/24(土) 午後 9:10子 狸

3
あの歓迎会でのみんなの笑顔…本当に楽しそうで…それだけでも救われたような気がしました。チェリンの髪留め…本当ですね…。今気づきました。さすが…poppoさん…!あらら…これで終わりなんですか?また…楽しみに待っていていいのでしょう?
2007/2/24(土) 午後 10:19ruri

4
Poppoさん こんばんは。なんだか読み終わって「これが最後の…」涙が出てきてしまいました…。本当なんですか?毎回とても楽しみに そして大切に読ませてもらってきました。私もみなさんと同じでこのお部屋を「オアシス」にしています。でも今はとりあえず 「ありがとうございました。お疲れ様でした。」
2007/2/24(土) 午後 10:33**seiko**

5
ここで出会えた方たちはみんな『友達』です。みんなに出会えたことにとても感謝しています。Poppoさんのおかげで拙いですがお話も書くことが出来ました。本当に楽しかったです。ありがとうございました。次回のUPいつまでも待っています。
2007/2/24(土) 午後 10:39**seiko**