「裏切り」





なんということだろう…。

あのユジンが、こともあろうに男と逃げ出すなんて…。

サンヒョクという婚約者がありながら、その彼をあんなに傷つける形で…。

私は、あまりのことに、まだ呆然としたままでソウルに向かった。



『…結婚…できません…』

そう言い捨てて、あの場を逃げ出したユジン…。

いったい何があの子をそうさせたのか…。

それほどまでに、あのイ・ミニョンという人に、心を奪われてしまったのだろうか…。





私は、サンヒョクのことを思うと、胸が痛んでならなかった。

誰よりもユジンを愛し、そしてユジンを信じてきた彼の心は、どれほど傷ついたであろう…。

婚約者の、突然の裏切り…。



ユジン…。

あなた… いったいなぜ…。



サンヒョクが告げた自らの破廉恥な行動。

そのようなことは偽りだと、私にはわかっていた。

子供の頃から知っているサンヒョクは、決してそのような青年ではない。

すべて、ユジンをかばうための言動なのだろう。


彼のお母様の不信から守るために…

ユジンの不貞な行動を隠すために…

彼は、自らを辱める嘘をついたのだ。


それを思うと、私は涙が止まらなかった。


『ユジンはソウルに帰しました』

それも偽り…。


私は、彼の嘘に甘えることを選択した。

せめて、私がソウルに行かなければ、ユジンの行動は人々に知られてしまうだろう。

ごめんなさい… サンヒョク…。

あなたに… そんな思いをさせたまま…

母である私は、娘を守ることを選ぶしかないのよ…。


ユジンがいるはずのないソウルへ…。

私は、バスの中で泣き続けた。




          *



ソウルのユジンの家…。

やはりユジンは帰ってはいなかった。


私はひとり暗闇の中で座ったまま、自らの過去を思い出していた。


あの頃…

ヒョンスと出会った頃の、私たちと同じ…。


ミヒさんという婚約者がいた彼…。

彼はいつも自分を責めていた。

ミヒさんとの長い時間を捨てて、私という女を選ぶことに、彼は非難され続けていた。


私は、彼の苦しい顔を見るたびに、一緒になって泣いた。

一度は、彼とのことを諦めようともした。

しかし…

彼は、私を心から愛してくれた。

人からなんと言われても、私を守ってくれると彼は言ってくれた。

私は、その彼について行こうと決めたのだ。


私が傷つけたミヒさん…。

結婚した私たちは、彼女の自殺騒ぎを知った。

私は動揺し、ヒョンスの腕の中で狂った。

彼は、力強く私の身体を抱いて、何度も詫びた。


ミヒさんへの懺悔だったのか…

私へのいたわりだったのか…


彼は、それ以来次第に無口な人になってしまった…。

時折見せる笑顔の向こうに、哀しい影を私は見ていた。



          *



ユジンが帰ってきた…。


『…ママ…。』


そう言って黙ったままのユジンに、私は非難の言葉を浴びせた。

10年以上も付き合った婚約者… サンヒョクをあれほど傷つけて…

いったいお前はどういうつもりかと。

それは、私の過去への言葉でもあった。

まさか自分の娘までが、同じ道を選ぼうとは…。


ヒョンスはいつも言っていた。

『子供たちには、人の心を考えてあげられる人間になってほしい』…と。

私も、それを願ってここまで娘たちを育ててきたつもりだった。

それが… どうして…。


怒りと失望を覚えながら、私はユジンを問いつめた。


ユジンは言った。


『…私…  サンヒョクを…愛してないの…』


私は、言葉を失った。

同じ言葉を、ヒョンスがミヒさんに告げた日…。

私たちの苦悩が始まったのだった。



私は、追いすがるユジンをあとに、春川に帰ることにした。


『ママ! 待って!  話を聞いて!』

泣き叫ぶユジンに、私はとうとう言ってしまった。


『お前は、本当に私の娘なの?!』


私は、気づいていた。

ユジンは、私たち夫婦が願ったとおりに、人の心を考える娘だと。

だからこそ…

私たちと同じ道を選ぼうとするユジンに、私は運命の怖ろしさを感じているのだ。


ユジン…

あなたは、間違いなく私の娘なのね…。


その悲しさに、私は振り返らずに走った。

目の前に漂う、暗い影の気配を振り払いながら、私は春川行きのバスに飛び乗った。



空は、少しずつ曇ってきている。

また雪になるのだろうか…。


私は、何かしら後悔の思いでいっぱいになった。


『話を聞いて!』

そのユジンの必死の訴えを、私は聞こうともしなかった。


ヒョンスと同じ… その悲しい目…。


 ………!


私は…  もしや…






 『俺を信じてくれ!』


あの日、ヒョンスが叫んだ声が、耳に残っている…。



なぜ…   聞いてあげなかったのか…



 『ユジンを信じてやってくれ…』


ヒョンスがまた言った…。




私は、窓の外を振り返った。

ソウルの街は、遠く煙って、哀しげな色に染まっていた。




                            -了-


あとがき

これも「冬の挿話」のボツ原稿です。
ギョンヒの胸の内を描いたものですが、読まれる方々を納得させられる自信がまだなくて…。

手直しもほとんどしてありませんが、もう少し描き足りないところを加えるかもしれません。