「卒業を前に…」




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明日は卒業式…。

思い出多い高校生活が終わろうとしている。


ユジンは大学生活の準備をしながらも、ひとりの部屋で高校時代の思い出をたどっていた。


卒業後は、ソウルの大学に進学する自分…。

故郷を離れ、家族とも別れ… 新しい生活が始まるのだ。

当分は、チンスクと一緒にアパートを借りて暮らすことになっていた。

それだけが、なんだか心強かった。


大学生になる自分…。

着慣れた学生服も、もう着ることはない。

少し… 大人になるのだ。


そして…


また少し… 遠ざかる、彼との時間…。


彼と出会ったあのバスにも、もう乗らなくなる…。

一緒に話した焼却場にも、もう行けないのだ…。

放送室も… あの塀も…


湖にも…


全て… 別れの時…。



ユジンはまぶたをこすった。

泣いてはいけないと… 思った。

チュンサンに笑われてしまう… そう思った。




「…お姉ちゃん…。」

静かにヒジンが部屋に入ってきた。


「…? なあに?」

ユジンは笑顔を作りながら聞いた。


「…あのね…」

ヒジンは後ろ手に持っていたものを、ユジンに差し出した。

それは、画用紙を丸めたものだった。


「…? これ… なんなの?」


「…プレゼント…。

 お姉ちゃんに…お祝いのプレゼントよ。


 あのね…

 あたしが描いたの。

 お姉ちゃんみたいには描けないけど…

 あげたかったの。」

ヒジンは照れくさそうに言った。

きっと先日の母との会話を、この子なりに考えたのだろう。


ユジンはその画用紙を拡げた。

「……!」

そこには、稚拙なタッチではあるが、にぎやかな絵が描かれていた。


どこか… 海のそばらしい…。

青い海がクレヨンで描かれている。

真ん中には、大きな屋根の白い家が描かれていた。


その屋根の下にはたくさんの人々が描かれている。

みんな笑顔で手をつないでいる…。


「…これ… ヒジンが描いたの?

 とっても上手よ…。


 これ海よね?」


「うん! 海。

 それでね… これがお家…。


 お姉ちゃんが作ったお家よ。

 お勉強して作ったお家なの。」


「あら? もう私が作ったのね。

 すてきなお家ね…。」

ユジンはくすぐったそうに笑った。


「これが、お姉ちゃん。

 これがママ。


 …あたし?

 …これ!

 可愛いでしょ?

 こんな赤いお洋服が欲しかったの。


 …でね…

 これが、サンヒョクお兄ちゃんで…

 こっちがチンスクお姉ちゃんよ。

 眼鏡でわかるでしょ?

 それでね… これはね… 」


ヒジンは次々と描かれた人物を紹介していった。

近所のおばさんや、果物屋のおじさんもいた。

自分の小学校の先生や友達の名前もあった。


「たくさんいるのね…。

 そんなにいっぱいの人が一緒に住むの?」

ユジンは笑いながら言った。


「…だって… お姉ちゃん…寂しいかと思って…。

 遠くに行ったら… 寂しいでしょ…?」

ヒジンはそう言って、口をとがらせた。


「……!

 …ヒジン…。」

ユジンは胸が詰まって何も言えなくなった。

まだ幼い妹の心遣いに、いじらしさを覚えて涙が溢れそうになった。

ただ、妹の身体を抱きしめ、その頭を撫でるだけだった。


やがて、ユジンは言った。

「ありがとうね… ヒジン…。

 とってもうれしいお祝いだわ…。

 ちゃんと持って行くからね。

 本当にありがとう…。」

ヒジンもうれしそうに笑った。

そして、その絵をもう一度指さした。


「お姉ちゃん…。

 これは、チュンサンお兄ちゃんだからね…。」


「………!」


気がつくと、ユジンの左横に明るく笑った男の子が描かれている。

その目は、どこかあの日のチュンサンに似ていた。


そんな夢のような日々は… 来るはずもない。

だけど…


もう一度…

そんな夢を描いてみたい…。


ユジンの頬を、涙がつたった。



「お姉ちゃん…。

 もう寂しくなんかないよね?」


「………。」

ユジンは、ヒジンをまた力一杯抱きしめた。

こらえきれない涙が、頬を濡らしながら、絵の上に滲んでいった。



                             -了-



あとがき

これはボツ原稿ではなく、「新作」です。
前半は、宮崎県のニュースを時事ネタに書いてみました。
知事選の「サプライズ」と「鳥インフルエンザ」の件。
ちょっとキーワードも使ってます。
冬ソナ風のセリフもちょこちょこ。

後半は、また発覚したマンションの安全性の問題を考えながら。
「冬の挿話 1」を書いた頃を思い出しながら書きました。

海のそばの家…。
ヒジンは、ヨングクよりも霊感があるのかもしれませんね。