「卒業を前に…」




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「…えっ! ヨングクが合格したの?!」

クラスの誰もが驚いた。


まさか、あのクラス一のサボリ屋、クォン・ヨングクが大学に合格したとは…。

それも、こともあろうか医学部に合格したのだと。

みんなは、寄ると触るとその話で騒いでいた。


当のヨングク本人は、相変わらず飄々とした顔で、サンヒョクたちと馬鹿話に花を咲かせていた。



「しかし、ヨングク…。

 すごいじゃないか…。

 まさかお前が医者の道に進むなんてな…。」

鉛筆の先で耳をほじくっているヨングクに、サンヒョクは言った。

「…ん?

 まあ、まぐれみたいなもんさ。

 どうせ落ちるなら、人聞きのいいところを受験しようと思ってただけだよ。


 …あ! 痛っ!」


「おい、おい… 耳から血が出てるぜ…。

 やれやれ… こんな医者… 患者が可哀想かもな…。」

サンヒョクは笑っている。


「馬鹿言え…。

 俺は、どんな医者よりも患者を大切にするつもりだよ。

 怪我したやつも、病気のやつも、まとめて面倒をみてやるさ。

 金持ちんとこのやつでも、貧乏な家のやつでも差別なんかしないしさ。

 餌も十分美味いのを食わせてやるつもりだよ。

 …チンスク… ティッシュ持ってないか?」

もらったティッシュを耳に詰めながら、ヨングクがまくしたてた。


「…餌…って…  犬や猫じゃあるまいし…」

チェリンが呆れた顔で言った。


「…あれ? お前には言ってなかったっけ?

 …俺、獣医学科に受かったんだぜ?」


「…え? 獣医学科?

 …医者って… 人間じゃないの?」

チェリンはぽかんと口を開けたままになった。


「…ちぇっ! これだから、困っちまうな…凡人は。

 どうせ俺の心など、お前なんかにはわからないんだろうな…。

 チェリン、お前は服飾デザイン学科に行くんだろ?」


「…そうよ… それが何か?」


ヨングクはにやにや笑いながら言った。

「お前は服飾デザイン…。サンヒョクは放送学科…。

 ユジンは建築学科で、チンスクは… 

 ……。  …なんだっけ?」


「…ビジネス専門学校よ。

 …悪い?」

チンスクがふくれっ面で言った。


「別に悪くはないさ。

 でも… お前たち、みんなバラバラのように見えて、結局おんなじなんだよ…。」

ヨングクは、そう言って窓の外に顔を向けた。


「どこがおんなじなのよ。

 全然違うじゃない…。」

チンスクが言うと、

「わからないかな…。

 つまり… お前たちの目指す仕事は、どれも『クリエイティヴ』っていうやつだろう?

 何かを作ったり、生み出したりする仕事だよな?」


「…だから… 何よ。」

チンスクは首をかしげている。


「俺の目指す仕事は、だな…。

 何かを作る仕事じゃなくて… 生まれたものを、守っていく仕事だよ。

 なんでもかんでも作ればいいってもんじゃないんだ。

 それを大事に守り育てていくのも、大切な仕事なんだぜ。」


「へぇ~…。

 ヨングク… なかなかご高説を吐くわね…。

 まあ、獣医というお仕事が大切なのは私にもわかるわ。」

チェリンも感心している。


「…でも… 獣医さんって、大変なんでしょう?

 手にひっかき傷が絶えないって言うじゃない…。

 動物たちには、治療の意味なんてわからないでしょうし…

 可哀想な場面も見るんでしょ?」

ユジンが静かに言った。


「それはそうだけど… とにかく動物は可愛いさ。

 多少の傷くらい、構いはしないよ。

 暴れん坊であれ、弱虫であれ… みんないろいろ個性があるからいいんだよ。」

ヨングクが答えた。


「いろいろと言えば、獣医って… 犬や猫だけ診るんじゃないんでしょう?

 馬とか牛とか… 金魚や鳥なんかも診るって聞いたわ。」

チンスクが、渋い表情で言った。

実は、彼女は動物が苦手なのだ。

「もちろん診るさ。

 怪我や病気だったら、放っておけないだろう?」


「鳥…って… 怖い病気もあるんですって…。

 インフルエンザ…だったかな…。

 そうなったら、後は処分するだけみたいよ。」

チンスクは、身体を震わせるようにして言った。


「チンスク…。

 『処分』なんて言い方はやめろよ。

 相手は生き物なんだぜ?

 物が壊れたのとは違うんだ。

 そういうのが人間の傲慢なところなんだよ。」

ヨングクが強い口調でたしなめた。


「…! …ごめん…。」

チンスクは肩を落とした。


「まぁ、まぁ…  そんなに怒るなよ。

 まだ大学に合格しただけじゃないか…。

 先のことは、お互いわからないだろう?

 僕だって… 放送局に就職できるかどうか…。


 とりあえずは、夢への第一歩… ということで、お互いを祝おうじゃないか。」

サンヒョクが明るく言った。

「そうね。

 みんなそれぞれ道が変わるのよね…。」

チンスクは沈んだ声で言った。


なんとなく、みんな寂しい思いを感じていた。


その空気を感じたのか、ヨングクが急に大きな声で言った。


「なあ、今夜みんなでパーティーでもやらないか?

 互いの門出を祝って…

 そうだな…  


 …おっ! 焼き肉パーティーなんかどうだ?

 いいだろう? いいよな?


 ああ! 久しぶりに骨付きカルビ食いてぇ~!!」


「………。」

ヨングクの雄叫びに、みんなは黙り込んだ。


「…ヨングク…。

 あなたって… やっぱり… そのまんまね…。」

チンスクがぽつりとつぶやいた。



          *



「…それでね… ママ…。

 ヨングクったら、人一倍食べたのよ。

 あれでも獣医になるつもりなのかって、サンヒョクも笑ってたわ。

 なんだか変でしょう?

 本当に動物好きなのかしら…。

 私にも彼… よくわからない人なのよ。」

ユジンの話に、ギョンヒもクスクス笑って言った。


「きっとヨングク君にもわからないんじゃないの?

 動物も好きだし… 焼き肉も好きなのよ。

 獣医さんには、お肉が食べられない方もいるでしょうけど…。


 好きなものは、あれこれ理由をつける方が無理なのよ。

 矛盾があるのも人間だからしょうがないの。

 彼… 正直なだけなのよ。」


「そうかもね…。

 確かにヨングクは正直な人よ。

 そうか…。

 それって、大事なことかもしれないわね…。」

うなずくユジンの顔を、ギョンヒは満足そうに見ていた。


「楽しいパーティーで良かったわね。

 ユジン…。

 ごめんね… ママは、あなたの大学合格だっていうのに、お祝いも買えなくて…。」

ギョンヒが寂しそうに言った。


「…ママ… そんなものいいのよ。

 私… 大学に進学できただけで、十分幸せなんだから…。

 お金… 結構無理したんでしょう?

 ごめんね… 

 私の方が謝らなきゃいけないのに…。」


「ユジン…。

 お金の心配なんて、子どものあなたがすることじゃないのよ。

 しっかり勉強してくれれば、それでいいのよ。

 でも… あなたがソウルに行ってしまうのは寂しいわね…。」


「………。」

ユジンは、切なくなる胸を押さえた。


「あたしも寂しいな…。」

隣でふたりの話を聞いていたヒジンが言った。


「お姉ちゃん… 遠くに行っちゃうんでしょ?

 なんで行っちゃうの?」

8歳になったヒジンは、まだ幼い表情で尋ねた。


「お姉ちゃんね… 大きい学校でお勉強をしに行くのよ。」


「お勉強? お歌の? それともお絵かきの?」

ヒジンは無邪気な顔をユジンに向けている。


「違うわよ…。

 そうね… お家を作るお勉強かな…。」

ユジンは少し笑いながら答えた。


「お家? …ふ~ん…。」

ヒジンはわかったような、わからないような顔で言った。


「お休みの日には帰ってくるから、あなたもいい子でいるのよ。

 ママの言うことをちゃんと聞いてね。」


「はぁ~い…。」

どことなく寂しげな表情で、ヒジンは答えた。



                        -2につづく-