「追試」
あ~あ… 憂鬱…。
また今日は音楽の授業がある…。
また、あのピアノの試験だ…。
この一週間、食べる時間を減らしてまで練習してきた。
だけど、あたしにはやはり弾けやしない…。
前回の『トロイメライ』は散々だった。
点数なんて、絶対人には言えない。
今回の『白い恋人たち』だって、最初から無理だとわかってる。
どうしてみんなは、あんなふうに右手と左手が別々に動くのだろう…。
私の手は、二股なんてかけられないのだ。
いつでも同じ指でしか弾けないのよ。
ヨングクは励ましてくれたけど、やっぱり練習しても一向に上手くならなかった。
もう、あとは先生に泣きつくしかないかもしれない…。
ヨングクでさえ、結構上手に弾けるのには驚いた。
彼って、あんな人だけど、やる気になればすごいところがある。
勉強だって、全然かと思えば、生物や化学なんかはサンヒョクよりも良い点数らしい。
そんなところが、いいなぁ…。
チェリンは『男は、知性・野性・感性』なんて言ってたけど、あたしはそうは思わない。
まずはパワー。
そして優しさとユーモアよ。
その点、ヨングクには全て揃ってる。
その上、頭まで良くなったりしたら、誰も放っておかないはず。
それは困るから、今のままでいいの。
あれ… あたしったら… や~ね!
とにかく憂鬱…。
あたしは、暗い気持ちで登校した。
そしたら、ユジンが来ていた。
ずっと身体を壊してたらしいの。
やはりチュンサンの事故死がショックだったんだろうなぁ…。
でも、久しぶりに彼女の顔を見て安心した。
あたしは、いつものように声をかけた。
「おはよう! ユジン… 大丈夫?」
ユジンは小さく笑った。
「ええ…。 もう大丈夫よ…。」
横からサンヒョクも声をかけてきた。
「…本当に? 少し痩せたんじゃないか?」
「大丈夫だってば…。 ごめんね… みんなに心配かけて…。」
ユジンの笑顔が、なぜか白く見えた。
教室の後ろ…。
チュンサンの席には、今も花が置かれている。
チェリンが毎日活け換えてるという話だった。
彼女にしては、ずいぶん優しいことだと思うけど…。
あの子も、きっと…。
ユジンは、その花の置かれた席には目を向けようとはしなかった。
*
悪夢のような時間がきた。
「これからピアノの試験をやりますから。」
ミス・キム… というより、あたしたちが『白と黒の魔女』と呼んでいる先生の声が響いた。
試験が始まった。
みんな案外と上手に弾いている。
『魔女』の機嫌も良いようだ。
もしかしたら…
あたしも少しは良い点数がもらえるかもしれない…。
「…次。 …カン・ジュンサン…。」
クラスみんなが息を止めた。
「…いないの?
カン・ジュンサン!」
もう一度、魔女が大きな声で呼んだ。
まずい…。
あの声が出たときは、彼女の機嫌は最低なのだ…。
「…カン・ジュンサンは、もういません。」
誰かが言った。
「…いない? …あ。
…そうだったわね… 私としたことが…。
ごめんなさいね。」
魔女もうろたえていた。
その反動が、次にきた。
「次。コン・ジンスク!」
げっ! あたし?
順番が違うよ~!
「時間がないのよ。早くしなさい!」
うわぁ~ だめだ!
あたしの指は、フォークのように固まっていた。
…結果。
…次週、追試…。
怒鳴られなかっただけでも良かったとするしかなかった…。
あたしは、肩を落として席に戻った。
「…次は… チョン・ユジン!」
あたしの隣の席のユジンが指された。
ユジンなら、きっとまずまず弾けるだろう。
ユジンは、黙って席を立ち、ピアノの前に座った。
「………。」
あれ…。
ユジン… 弾こうとはしない…。
いくら休んでたって言っても、彼女に弾けない曲でもないはずなのに…。
「…どうしたの? 早く!」
魔女が甲高い声をあげた。
「………。」
それでも、ユジンはうつむいたまま黙って座っている…。
気がつくと、ユジンの目から涙があふれそうになっている…。
ユジン… あなた…
「弾けないなら、0点よ!」
魔女の怒りがはじけた。
「先生! チョン・ユジンはしばらく欠席していたんです。
この試験も知らないで、今日から登校したんです!」
サンヒョクが席を立って、言った。
…! さすが! サンヒョク!!
「…そんなこと、理由にはならないわ。
とにかく今日の試験は0点!
来週、もう一度やりますからね!」
魔女はそう宣言した。
ユジンは椅子から立つと、お辞儀をしてから自分の席に戻ってきた。
その横顔…。
見ていられない…。
あたしには、なんだかわかるような気がするの…。
ユジン…
あたしは、何か言葉をかけてあげようと思った。
だけど、なんて言ってあげればいいのか… 思いつかなかった。
ただ…
「…ユジン…。
…一緒に…練習しようね…。」
それだけしか…
ユジンは、あたしの顔を見た。
涙が頬を濡らしていた。
そしてこっくりとうなずいた。
その後… ユジンは顔をあげようとはしなかった。
-了-
あとがき
今回もボツ原稿の中からのストーリーです。
書いてから1年ほどが経ってました。
書いてから1年ほどが経ってました。
元々三人称で書いた作品でしたが、チンスクの一人称に書き直してみました。
なんだかユジンを虐めすぎた気がして、「冬の挿話」からはずしたストーリーです。