「Pluto ~あれから1年後~」
3
「しかたないさ…。
人ってそんな簡単に変わるものじゃないだろう?
…でも… よく考えると、君と僕って… どこか似てる気がしてきたよ。」
「…え? …どこが?」
チェリンは不満そうに腕を組んでいる。
「…うん…。
…どこがって言われると難しいけど…
…結局…
…気が付いたら… ひとりなのかな…って…。」
「………。」
チェリンと目を合わせられないまま、サンヒョクはつぶやいた。
チェリンも、何も言わなかった。
メインの料理を、二人は静かに食べ続けた。
やがて、チェリンが静かに言った。
「…あの人たちも… クリスマスをひとりで過ごすのかな…。」
「……。」
チェリンの言った『あの人たち』が誰を指すのかは、サンヒョクにも気が付いた。
「そうかもしれない…。
なんだか可哀想だな…。」
「…人間って、みんな… 結局ひとりぼっちなのね…。」
チェリンがつぶやいた。
「…それはどうかな…。
もしそうだとしたら… 寂しいものだね…。」
サンヒョクが言った。
「あなた、さっき言ったでしょ?
『クリスマスでも仕事だ』って。
寂しい話よね…。」
「君はどうなのさ…。
クリスマスは誰かと過ごすのかい?」
「…ええ。
お店のスタッフたちとミニ・パーティーよ。
…ん? それも寂しい話なのかな?」
チェリンは首をかしげた。
サンヒョクが笑いながら言った。
「やっぱり僕たち… 似ているみたいだね。
クリスマスに仕事をして… そしてその後はひとりで過ごす…。
…同じだね。」
「…! そうか… 同じなのね…。
しかたないわね。
まあ、諦めて乾杯しましょうか?
独り者同士…
孤独なクリスマスの前夜祭…ということで…。」
「おいおい… あまり飲み過ぎるなよ…。
じゃあ、乾杯…。
独り者同士の前途に… 期待を込めて…。」
ふたりは、またグラスを合わせた。
そして互いの顔を見つめ合って笑った。
…決して、人はひとりぼっちではない…
…ふたりは、そう感じ始めていた。
「…チェリン… ありがとうな…。」
サンヒョクが言った。
「…え?
………。
…お礼を言うのは、私の方よ…。
…ありがとう… サンヒョク…。」
ふたりは、静かに微笑んだ。
「…美味しかったわ…。
それに…
…なんだか懐かしかった…。」
チェリンの言葉にサンヒョクもうなずいた。
「僕も… なんだか懐かしかったよ…。
…じゃあ… 出ようか…。」
ふたりは席を立った。
チェリンは、もう一度テーブルの上を見つめた。
小さなクリスマス・ツリーに、これもまた小さなサンタが笑っているカードがかけられていた。
そのサンタの笑顔が、チェリンの目に優しく映った。
*
外に出ると、空にはめずらしく星がたくさん見えた。
「きれいね…。
サンヒョク… 見て…。
あんなに星が輝いているわ…。」
「本当だ…。
きっとクリスマスも近いから、神様のプレゼントだよ。」
ふたりは一緒に空を眺めた。
「…あの星の中に… 私の運命の星もあるのかな…。
どうせ… 小さな星なのでしょうけど…。」
「ああ、誰にでもひとつずつの星があるそうだね。
…僕の運命の星はどれだろうな…。」
「あんなにたくさんあるのに…
運命の糸で結ばれた星は、たったひとつなんですってね…。」
「そう…かな…。
…あ… あれ…オリオン座だよ。
見えるかい?
ほら… 仲良く3つ並んだ星があるだろう…。
きっとあの星たちは、運命で結ばれた星なんだよ。」
「…でも… 星って、あんなふうに並んで見えても…
本当は、遠く離れているんでしょう?
人の心と同じよ…。」
チェリンが寂しそうに言った。
「……。
そんなふうに考えるなよ…。
遠く離れていても… つながった心は、切れたりしないものだと思うよ。
僕たち…
自分の星にさえ、まだ気が付いてないだけなのかもしれないよ。」
サンヒョクはそう言って、チェリンを見つめた。
「…私… 見つけられるかな…。
こんなに星があるのに…
どれにも、心が惹かれないの…。
きっと、私には『運命の星』なんて見つけられないのよ。
もしかしたら、私にはそんなものはないのかもしれないわ。」
「…見つけられないなら、朝が来るのを待てばいい。
そうすれば見つけられるよ。」
「…ん? どういう意味?
朝が来たら、星はみんな見えなくなっちゃうじゃない…。」
チェリンが言った。
「…いや… ひとつだけ見つけられるさ。」
サンヒョクは笑いながら言った。
「…? どうして?
朝が来たら、太陽の光で星なんて見えやしないわよ?」
「…その太陽を… 君の星にすればいいじゃないか…。
君には… それが一番似合ってるよ…。」
「………!」
チェリンは、サンヒョクの顔を見つめた。
次第に心が温かくなっていくのがわかった。
「サンヒョク… ありがとう…。」
「…? もうお礼はいいから…。
さあ、帰ろうか?
ずいぶん冷えてきたからね。
ああ… 君の家まで送るよ。
明日も忙しいんだろう?」
「ええ、今がかき入れ時…かな。
あなたも仕事、頑張ってね。」
「ああ、お互いな。
じゃあ、行こうか。」
ふたりはサンヒョクの車に乗ると、夜の街を走り出した。
街のネオンに、もう星は見えなくなってしまったが、チェリンの胸の中には、サンヒョクの言葉が小さな星となって光り始めていた。
-了-
あとがき
タイトルの「Pluto」は冥王星のことです。
昨年、話題になった太陽系の惑星からの格下げ問題。
昨年、話題になった太陽系の惑星からの格下げ問題。
この「Pluto」という名詞が、2006年度の新語として選ばれたというニュースを知りました。
「評価を下げる」という意味の動詞として、使えるようになったそうです。
「評価を下げる」という意味の動詞として、使えるようになったそうです。
とても寂しい思いがしました。
決して良い意味の単語ではありませんから。
「評価」…。
これは、どんな世界でも行われます。
人は生まれるとすぐに、この評価の渦に巻き込まれます。
健康状態はともかく、面立ちがどうだとか、性格がどうだということを言われます。
成長するに従い、学力なども他人と比較されて評価されます。
学歴などもそうです。
学歴などもそうです。
大人になれば、就職先での評価。
結婚した、していないということでの世間の評価。
職種や収入、家作や車、子どもの教育…。
結婚した、していないということでの世間の評価。
職種や収入、家作や車、子どもの教育…。
ありとあらゆる評価にさらされます。
「冬ソナ」でもそうです。
ミニョンとサンヒョクは、比較され、評価され、そしていろいろ言われました。
チェリンも同様です。
チェリンも同様です。
僕も、今まで書いてきた作品の中で、それぞれの人物を比較し、また評価を加えてきたと思います。
でも… それでいいのかと、思い始めました。
「Pluto」の話…。
冥王星自体は、何も変わっていないのに… その評価だけが変わって、そしてありがたくもない言葉として使われる…。
冥王星自体は、何も変わっていないのに… その評価だけが変わって、そしてありがたくもない言葉として使われる…。
何か、違うような気がするんです。
サンヒョクも、チェリンも愛を失いました。
でも、だからといって、彼らの人間としての価値を全て否定的に評価できるものではありません。
でも、だからといって、彼らの人間としての価値を全て否定的に評価できるものではありません。
僕も失恋したことはあります。
自己嫌悪… 自己否定… プライドを失い、何もする気になれませんでした。
自己嫌悪… 自己否定… プライドを失い、何もする気になれませんでした。
それって、何かおかしいんじゃないか…。
そう思うようになりました。
そう思うようになりました。
たとえ職場で評価が低くても、その人の人間性は別の次元の話です。
就職せずに家事専念の方でも、社会に参加しているのは確かなことなのです。
あまり難しくは語れませんが、ひとつだけ…。
人は、自分自身の在り方を磨いていくことで、誰の評価を受けることがなくても輝いていける、ということ。
サンヒョクも… チェリンも… 愛すべき人としての輝きを失ってはいません。
「Pluto」も… 変わらずに、太陽の周りを回り続けていくのだと思います。