「凍湖」





チュンサンは、湖に石を投げている。

水面を切って走る石は、何度か湖面をはじけて沈んでいく。

私は、黙ってその彼の背中を見ていた。


きっと、まだ戻らぬ記憶への苛立ちを、そうやって抑えているのだろう。


私は、そんな彼の心の苦しさに、かける言葉を探していた。



チュンサンが言った。

「ここで… こうやって石を投げたりしたの?」

私は、はっとした。

「…覚えてるの?」

そう… あの日の彼も…。


しかし、チュンサンは寂しげに言った。

「…いや…。…そんな気がしたんだ…。」


やはり、彼は思い出せないのだ。


「…あの時は、水が凍っていたのよ。

 氷の上を転がる石の音が、とてもすてきだったわ…。」


あの日のふたり…。

楽しかったあの日は、凍った湖のように… もう…。


思い出したあの日…。

私は、言った。


「それ以外にも…まだあるの。

 それはあなたの記憶がたとえ戻っても、わからないことよ。

 私と…彼らだけが知ってることなの…。」


彼が言った。

「…? 何だい…?」


私は、彼の目を見つめて言った。

「ここで… あなたとお別れをしたの…。」


そう… カン・ジュンサンとのお別れを…。


「…チンスク… ヨングク… チェリン… サンヒョク…

 …私たちだけで、お葬式をしたのよ。

 …生きていたのにね…。」


「…泣いたのか?」

彼の問いに、私は首を振った。


「…ううん。

 …不思議と、涙は出なかったわ…。

 …あなたは戻ってくると…思っていたのかも…。」


彼の顔が、苦しげに見えた。

彼は、詫びるように言った。

「…僕は、何ひとつ覚えていなかったのに…」


彼の、自分を責めるような言葉…。

私は、私のために記憶を取り戻そうとしているのかと問うた。

彼は、違う、と言った。

自分も、思い出したいのだ、と。

本当の『チュンサン』になりたいのだ、と。


私は、彼に言った。

彼が… 『イ・ミニョン』だった彼が私に言った言葉を思い出しながら…。


『世界は、こんなに美しいのに… なぜ悲しいことばかりを思い出そうとするのか…』


私は、もう過去を追い求めるのはやめようと思った。

それが、こうして今の彼を苦しめているのだ。

思い出は、湖の底に凍ったままでいい…。


今は… そう、今は…

目の前に、あなたがいる…。


愛しているのは… 目の前のあなた…  あなたなの…。



彼は、私を抱き寄せた。

そのぬくもり…。

今… 確かに伝わってくる彼の温かさ…。


私は、それを求めていたのだから…。


私はつぶやいた。

「あなたの記憶が… たとえ凍ったままでも…かまわないわ…。

 私の耳には… あの日の美しい石の音が残っているもの…。」


彼は、言った。

「…その音… 僕も聞きたい…。」


私は、彼の背中を撫でながら言った。

「…大丈夫… 冬は終わったのよ…。

 やがて、氷も溶けるはずよ…。


 あなたの凍った記憶も… いつか… 流れ出すわ…。」


「…ユジン…。」


彼の声にならない叫びを、私は初めて聞いた。


「…チュンサン…。」


私たちは、湖面にひとつの影を映しながら、いつまでも抱き合っていた。



冬の終わりを… まだ知らないまま…。




                             -了-


あとがき

冬ソナ本編第15話の場面からのストーリーです。
ボツ原稿を大幅に書き直してみました。
ほとんどドラマのままですが、後半だけはちょっと創作。

これもプレゼントとして書きました。

ユジンとチュンサンのふたりを愛し続けている「Touko」さんへ。
ですから、タイトルも『凍湖』とさせていただきました。
日頃のご来訪への感謝をこめて…。