「山小屋の朝」





山小屋の朝。


僕は、誰よりも早く起きると、外に出た。

まだ空気は冷え切っていたが、気持ちが良かった。

山を覆っていた霧も、朝日に暖められて消えていった。


小鳥たちの声が、僕の耳に歌ってくれている。



やがて、約束通り、彼女が現れた。


「早かったわね。」

ユジンは言った。


「おはよう。

 …寒くない?」

薄着の彼女を見て、僕は言った。

「大丈夫。」

彼女はそう答えたが… この冷え込みだ。


「…これ…着ろよ。」

僕は、自分のジャケットを脱いだ。


「大丈夫よ。」


「着てろって。」

僕は、彼女の肩にそれをかけた。


「…ありがとう。」

彼女は、微笑んだ。

その笑顔が、僕の心を温かくしていく…。



「眠れた?」

僕はたずねた。


「ううん… ちっとも。

 チェリンとチンスクのおしゃべりで…。

 ずっとしゃべってるんだもの…。」

ユジンは笑いながらそう言った。


「何の話?」


「…え?

 …それは… 秘密…。

 …女の子同士の秘密よ。」


「…秘密…か。

 …気になるな…。」


「…あなたは?

 よく眠った?」


「ああ。よく寝たよ。

 男たちは… さっさと眠ったよ。」


僕は、昨夜のことを思った。

部屋に戻ったサンヒョクは、さっさとベッドに入ってしまった。

僕と話していたヨングクに、

「…早く寝ろよ。

 灯りも消してくれよ。」

ヨングクも渋々ベッドに入ったのだった。

僕は、サンヒョクの気持ちに気づいていた。


「…ユジン…。

 足は、まだ痛む?」

僕は聞いた。


「…ううん、もう平気よ。

 ちょっと擦りむいただけだから…。」


「…ごめんな…。」


「…?

 …なんであなたが謝るの?」


「…だって…」

僕の顔を見つめながら、彼女は笑った。


「…昨日はありがとうね。

 あなたが見つけてくれなかったら…」


「…徹夜で… 今頃爆睡か?」


「…! また!」

僕たちは、笑い合った。



彼女の笑顔を見ていると、どうしてこんなに心が安らぐのだろう。

彼女に会ってから…  僕は、不思議な気持ちになっている。


もう… 父のことなどどうでもよい気になっていた。

自分の父親が誰であろうと、僕には彼女… ユジンがいる…。

ユジンといるだけで、僕は寂しさなど感じたりはしない…。


気になるのは、サンヒョクのこと…。


「…ユジン…。」


「…なあに?」

振り向いた彼女に、僕は言った。


「…サンヒョクのやつに…

 …優しくしてやってくれないか…。」


「…え? サンヒョクに?

 ………。

 …あなたがそんなことを言うなんて…

 …なんだか変ね…。」

ユジンは、いぶかしそうに僕を見た。


僕は、彼女の視線を除けながら言った。

「…あいつにも… 悪かったから…。

 …俺… 本当は…」

自分でも、よくわからない感情だった。

なぜか、サンヒョクに対する自分の気持ちも変わってきたような気がする…。


「…あなた…

 …本当は、彼と友達になりたいのよ…。


 …わかったわ…。

 …私からも、『誤解』を解いておくから…。」



…誤解… 

…僕は、すべてを話せない苦しさを、また感じていた。



「…あ。そろそろ、朝ご飯の時間…。

 チンスクに怒られちゃうわ!


 さあ、戻りましょう!」

ユジンはそう言うと、僕に手を差し出した。


「……!」

僕は、その手を握った。

そして、一緒に山小屋への道を歩き出した。


「…また薪割りをしてもらうわよ!」

ユジンの笑顔…。


「…ああ。

 …朝食は何かな…?」


「…秘密。

 …それも、秘密よ!」


「…ちぇっ!

 …秘密の多いやつだな…。」


「……!!」


僕たちは、また笑い合いながら歩いた。


彼女の頬が、朝日に輝いてきれいだった。


ユジン…。


僕は…  君のことを…。



ユジン…。



                              -了-



あとがき

ネタ帳の隅に埋もれてたストーリーを、書き出してみました。
新年の朝。
僕の部屋も、少しずつ暖かくなっていきました。

ユジンと心が通うようになって、チュンサンは変わっていったと思います。
父親のことも、もうあまりこだわらなくなっていったのではないかと、僕はそう思いました。
なのに… また、あの写真がチュンサンの心を乱したのだと。

山小屋からの帰り。
駅前で、先に帰ると言い出したサンヒョク。
それを追うことにしたユジンとチュンサンのアイサインが、このストーリーを書くきっかけでした。