「夢 その2」




龍平のスキー場。

私たちはロープウェイで山頂に登った。


そこは一面の銀世界。

まだ誰の足跡もない美しく白い雪の国。

私たちだけがここにいる。

チュンサンとふたり… その雪の中を歩いている。


木々の梢に付いた雪を彼がはじくと、それはきらきらと星のように輝いて舞った。

日の光を受けて、私たちをまぶしく包んでくれる。


私は彼の後ろから、そっと雪を投げてみた。


「…! こいつ! やったな!」


彼は、明るく笑うと私にも雪を投げ返してきた。

私も負けずにまた投げ返した。

ふたりの髪に、雪が舞いかかる。

その雪は… 不思議に温かかった…。


私たちは、子供みたいにふざけ合った。

あの日の…私たちのように…。


「ユジン! ほら… いくよ!」

両手いっぱいに抱えた雪を、彼は私の上から降らせた。

あの… 懐かしい焼却場と同じ…彼の笑顔…。


「チュンサン! もう~!」

私は笑いながら、彼にお返しした。


彼は、私を抱き寄せた。

温かな胸…。

優しい腕…。

誰よりも… 愛しい人。


「ユジン… ほら… ここの雪はおいしいよ!」

彼が、雪を口にしながら言った。

「…本当?」

私もおそるおそる雪を口に入れた。


「…本当!

 …冷たくて… おいしい…かも。」


「…だろう?

 きれいな雪だね…。」

彼はまた雪を口にした。

そして…


彼は、私にそのままくちづけた。


「…チュンサン!

 …また… あなたっていつも、人の油断をついて…」


あの日の…KISS…。

私たちの… 初めてのKISS…。


「…君が、あんまり大きな口を開けてるからさ。

 そういえば、昔君が作った雪だるまも、大きな口だったね。」

ふたりで遊んだあの湖畔を、彼は思い出しているようだ。


「…そうね…。

 あなた… あの雪だるまをPOPPOさせたりして…」


「また作ってみようか… 雪だるま…。」

そう言って、彼は雪を固めはじめた。

私も、一緒に雪を丸めはじめた。


「…うまく…いかないな…。」

パウダースノーのせいか、なかなか雪が固まらない。

ふたりで一生懸命雪を集めても、すぐに形が崩れていく。


ようやくひとつ… 雪だるまができた。




…なのに…

それは、急に巻き起こった風に… あっという間に崩れ、粉々になって消え去っていった…。





 ………!



「…ユジン!」


私の名を呼ぶ彼の声が聞こえた。

激しい風…。


その中で、彼は私の身体を強く抱いた。

耳元を吹きすさんでいく嵐の声…。

吹き抜けていく雪で、何も見えない…。


しかし、私には彼の鼓動が伝わっている。

彼の温かさ…。

ふたりだけの…世界…。


私は、一生このままでいいとさえ、思った。



  …  …  …  …





(…なんだ…。  また夢か…。)


私は、目を覚ました。

また、彼の夢を見ていたらしい…。

あの懐かしい雪の日の思い出…。

彼の笑顔… ぬくもり… 


もう… どこにもなかった。


私は、枕元の時計を見た。


午前3時20分…。


小さな夜光の針が、時を刻んでいる。

変わることなく…

これからも… いつまでも…。


今の私には、時間はただの景色。

目の前を流れていくだけの、旅人のよう…。

立ち止まったままの私には、いつまでも彼との時間が宝物なのだ。


窓の外に、またたく光…。

美しく飾られたクリスマス・ツリーが見えた。


(…そうか… 今日はクリスマス・イヴなんだ…)


チュンサンはどうしているだろう…。

アメリカで手術を受けたはずの彼…。

私には『メリー・クリスマス!』と一言書いたカードさえ…贈ることはできない…。


あれからもうじき3年になろうとしている。

私は、まだあの頃を忘れてはいない。

あの… 懐かしい季節…。

白く… 透明な色を帯びたまぶしい季節…。

雪の温かさを、初めて知った季節…。

彼を、心から愛した日々…。


彼の優しく笑った顔…。

教会で彼が言ったプロポーズの言葉が、今もこの胸に残っている。


すべては…白い世界…。

影の国から私の手をひいて、そのまぶしさを教えてくれた彼…。




私は今でもはっきりと言える。


好きな色は…  白。

好きな季節は…  冬。



好きな人は…   チュンサン…  あなただけよ…。




私はベッドを出ると、窓の方へ行き、少し風を入れた。

ひんやりと冬の風が舞い込んできた。

パリの街にも、やがて初雪が降るだろう。

私の大好きな雪…。


その雪は、決して冷たいものではない。

この私の心を寒く凍らせるものでもない。

むしろ温かく… 優しい空からの贈り物。


私の想いは、今もあなたへ…。

いつまでも… 熱く…キャンドルの炎のように…。

雪の中でも、消えたりはしないだろう…。



もうすぐ、私はソウルに戻る。

また… あの街で生きていくの…。

冬が終わる頃… 新しい季節の中で生きていくのよ…。

あなたの心を感じながら…。


チュンサン…。


元気でいるの…?


私を… 離れていても、見守っていてちょうだいね…。



チュンサン…。




チュンサン…。





                            -了-




あとがき

これもボツ原稿の中から。
「冬の挿話 100」のユジン・バージョンです。
少し書き直してみました。

チュンサンとは違い、ユジンの持つ強さを描きたかったのですが、あまりうまく書けませんでした。
立ち止まったままのユジンではなく、チュンサンへの愛を抱いたまま前に進むユジンを書きたかったのですが…。

嵐の中で抱き合うふたり…。
そのイメージが気に入ってます。