「イ・ミニョン -その死-」




ユジンさんは、泣いている。

僕の腕の中で、止むことなく涙を流し続けている。


僕は「ごめんなさい」と繰り返すばかりだった。


ユジンさんが話してくれたチュンサンとの思い出の、たったひとつも僕には思い出せなかった。

その哀しさに、僕も泣いた。


ユジンさんは言った。

「…あなたがくれたCDと… あの手紙でわかったんです…。

 …チュンサンがテープにあの曲を入れて贈ってくれたこと…

 …私… 誰にも話したことがなかった…。


 …あなたよね…


 …あなたが…   チュンサン…。」


僕は、涙を拭いて言った。

「…ユジンさん…。

 …僕には… それも記憶がありません…。

 …でも…  …でも…」


僕は、春川の家で見つけたテープのことを語った。


「…僕には、わかりました…。


 …チュンサンは…

 …カン・ジュンサンは…


 …確かにあなたを愛していたんです…。」


「…! ………。」


僕は、それから母に聞いたあの事故の当時の話を彼女に語った。

アン先生から聞いた事も話した。

ユジンさんは、涙をいっぱいに溜めた目で、僕の話を聞いてくれた。


話し終わると、ユジンさんの頬にまた涙がつたった。

「…ごめんなさい…。

 …私…  さっきは…


 『悪いのは、みんなチュンサンよ』 だなんて…。



 …チュンサンも… 悪くないの…。


 …悪いのは… 私が… 」

そう言って、ユジンさんは、むせび泣いた。


「…ユジンさん…。

 …そんなふうに言わないで…。

 …僕も、悔しいのです…。



 …いや… 違う…。


 …一番悔しい思いをしているのは…

 …この僕ではなくて…  カン・ジュンサンです…。


 …あなたのことを愛していた…チュンサンです…。


 …今、ここで涙を流しているのは…

 …イ・ミニョンではない…。

 …悔しがってるのは… 哀しんでいるのは…

 …間違いなくカン・ジュンサンなんです!」


「…!

 チュンサン!」


ユジンさんは、僕の胸に顔を埋めて泣いた。


「…チュンサン! ごめんなさい!

 ごめんなさい! ごめんなさい!」


いつまでも… ユジンさんの嗚咽は止まなかった。



          *



僕は、ユジンさんにラム酒をすすめた。

少しでも落ち着いてもらいたかった。

お酒の飲めない彼女ではあったが、このままではいけないと思った。


やがて彼女は、静かになった。

僕は、彼女をベッドに運んだ。


「…ユジンさん…。

 …眠ってください…。


 …眠って… 心を休めてください…。」


僕は、眠った彼女に話した。


「…ユジンさん…。

 僕も… 声に出して言いたかったんです…。


 『僕は、カン・ジュンサンなんだ』 と。


 『あなたが会いたがっていたチュンサンは、ここにいるんだ』 と。」



でも… 本当に、これでよかったのか…。

彼女にとって… 本当によかったのだろうか…。


僕は、サンヒョクさんの言葉を思い出した。


  『愛しているなら、ユジンをもう苦しめないでほしい』


僕は… 彼女を…。




僕は、彼女の寝顔を見ながら考え続けた。



          *


僕は、サンヒョクさんに電話した。

明日の朝… 彼女を迎えにきてほしいと。

それが、僕の決断だった。


僕は… やはりカン・ジュンサンではない…。

イ・ミニョン…。

その名前でしか生きてきた記憶を持たないのだ。


僕は… アメリカに帰ろうと決めた。

彼女を… ユジンさんを、これ以上苦しめることはできない…。


僕は… チュンサンになれないのだ…。



僕は、ユジンさんに手紙を書いた。

彼女に会えたことを、心から幸せだと思っていると…。

僕の失われた記憶の中に、彼女がいたことへの感謝をこめて…。



眠っている彼女…。

もう… 二度と会うことはないだろう…。


僕は、イ・ミニョン…。


ユジンさん… 

イ・ミニョンも… 心からあなたを愛していました…。


…さようなら…。


僕は、ホテルをそっと出た。




これから… 僕は、アメリカでどういう生き方をしていったらいいのだろう…。

ぼんやりと考えながら、僕は空港に向かうシャトルバスの発車場へと向かって歩いた。


「…チュンサンッ!!」

ふいに聞こえた大きな声…。


彼女だ…。


ユジンさんが、僕に向かって一目散に駆けてくる。

僕は、それを切なく見ていた。


彼女が道を渡ってくる…。


…あ!

 危ない!


 ユジンさんっ!!



 …大きな音…  …痛み…


 …ユジンさん…


 … … … … … …




          *



イ・ミニョンは、ユジンを守って…  その日、死んだ。



                            -了-




あとがき

これは「冬の挿話」に書かなかったストーリーでした。
理由は… ありません。


このストーリーで流される涙は、この後のチュンサンの回帰での涙とは別の種類のもの。
それがわかる方々にだけ、読んでもらいたかったのかもしれません。

ミニョンの最後の決断は、ユジンを愛するが故のものでした。
ミニョンは確かにユジンを愛していました。
いつでも彼は、その愛でユジンを包み、傷を癒してあげました。
最後にユジンの元から去ることを決めたのも、彼なりの愛の形。

彼は、本当に最後に…

自らの死をもって、ユジンにチュンサンを返してくれました。
それが彼の…愛の贈り物…。
   


 ※Yahoo!blogから移行できなかったコメントを追加しました。

1
続々のup,ありがとうございます。でも,お仕事お忙しいのでしょう?無理をなさっていませんか?ところで,14話…ミニョンの愛の形…辛いですね。そして,2度目の事故でミニョンが死んで,チュンサンが甦ったわけですね。それが彼の贈り物…そういう考え方はよくわかりますが,とても切ない。目頭が熱くなってしまいました。
2006/11/22(水) 午後 10:14子 狸

2
チェリンの『ミニョンさんを返して!』というセリフを頭に置きながら書きました。ミニョンという「作られた」人格は、この日死んだのです。それを心から悲しんだのは、やはりチェリンでしょうね…。
2006/11/22(水) 午後 10:20poppo

3
自らの死をもって、ユジンにチュンサンを返してくれました>そうなんだって、これぞ目からウロコでした。心の中にストンと落ちてくる感じ。Poppoさんのお話を読むと何回もそういうことがあります。
2006/11/22(水) 午後 10:23あとむまま

4
チュンサンが蘇ったことに涙する視聴者がほとんどでしょう。でもね…物事には、必ず表と裏があるんです。ミニョンは、身を挺してユジンを守り…消えていったんです。その後のチュンサンは、やはりミニョンではないんです。ユジンの心を大きな愛で包んでいたあのミニョンは…亡くなったのだと…僕は、そう思いながらドラマを観ていました。他の人と違う見方ですから、「挿話」に入れなかったのかな…。
2006/11/22(水) 午後 10:32poppo